「その話、本当か!?」
 公共の場だというのに、大声をあげて一気に視線が集まってしまった。視線を強く感じた俺は、謝罪の意を込めて頭を下げた。
 誠人に話があると言われて、学校帰りにファーストフード店に立ち寄った。本来校則違反だけど、そんなの気にはしない。一体なんの話か、学校では話せないことなのかと疑問に思っていた。でも、理由がはっきりとわかった。
 この話を聞いて、俺が興奮しない訳がなかった。
 “好き”だと伝えず、何年も経過している俺の片思いの相手の進路先だ。俺が聞いても教えてくれなかった仁美の進路先をどうして誠人が知っているのだろうか。
「あぁ。本人が言っていたから」
 買ってきたファーストフードを食べながら誠人は呑気に答える。コイツにとって俺と仁美は観察対象でしかない。誠人曰く、夫婦漫才にしかみえないらしい。それを喜んでいいのかどうか今の俺にはわからなかった。
「本人って仁美かよ」
 俺には“教えない”の一点張りだったのに、誠人には教える仁美がムカついた。だが、誠人が俺に話してくれれば問題はない。
「うん」
 即答だった。一体、俺と誠人の差はなんなのか考えてみるが、成績くらいしか見当たらなかった。そりゃぁ、俺は馬鹿だ。成績は下の下である。
「まぁ、仁美もだけど、克也も同じところ希望だってさ。二人ともそれ相応のレベルのところ希望するのは当たり前だろうし、仁美は彰人さんと同じ学校を選んでもおかしくない。この学区で1番のレベルの高さで自由な校風で人気校なんだしさ」
 誠人の言うことは理解できた。中学校生活2年目を終えた今日、明日から春休みだ。春休み以前からもだが、本格的に高校進学への受験競争が始まる。受験なんてどうにでもなると思っていたが、仁美と離れ離れになるという不安ができたのは去年の夏くらいから。誰がどう見ても馬鹿な俺と秀才な仁美とではレベルが違う。前からわかっていたことだ……だけど、邪魔な存在である克也が仁美と同じ高校を受験する予定など知りたくなかった。
「お前はどこ受けるつもりなんだ?」
「……俺は迷い中。レベル的には二葉も頑張ればいけるんだろうけど。レベルの高い二葉行って苦労するくらいならレベル1つ下げて楽するのもありと思っているからさ」
「俺だけ馬鹿だから仲間外れかよ」
 ずっと3人は一緒だった。頭の良さは群を抜いて仁美が良くて、俺は馬鹿。小学校のころはよく勉強を教わっていたのも懐かしい記憶だ。
 誠人にすら敵わない俺の脳味噌は、さらに下の下で、二葉に受かるなど夢のまた夢だ。定期テストの点数や内申点はそこそこの評定をもらっているが、実力テストとなるとどうしても点数がとれなかった。
「そうじゃなくて、別に同じ高校に行かなくても良いんじゃね?」
「それじゃぁ意味がねぇんだよ!」
 またもや大声を出してしまって視線を集めてしまった。再び、頭を下げた。
 仁美の野郎は相変わらずの鈍感で、俺がいくら態度に示したって無視してくる。いや、無視ではなく、スルーだろう。仁美の中の恋愛概念にはそんなの存在しないと思えるがごとく、見事に気づかない。俺自身が直接言葉で言わないのがいけないことだってわかってはいるけれど、言葉にするのは逆に照れてしまってやりにくい。
 誠人を始めとした協力者と結託して周りから邪魔なやつらを排除してきたが、高校が別になると、それができなくなってしまう。たとえ、誠人が同じ高校にいったとしても誠人がそれをやるとは思えない。もしも、高校で仁美に彼氏なんかが出来てしまった日には、俺が死人になってしまうのが目に見えてわかってしまう。
「熱くなるなって。受験まであと1年。どうにかしろ」
「どうにかしろといわれてどうにかなれば問題ないけど……俺が勉強して同じレベルまでなるしかねぇじゃないか」
「わかってんじゃん」
 当たり前の答えしか出てこないのだからしょうがない。それに怒りを募らせると、誠人はさらにはっきり言った。
「お前がこの1年以内に告白して仁美をモノにするか、必死に勉強して同じ高校に入学し、入学後も仁美の様子を見守るかのどちらかだ」
「……っ」
 誠人の言っていることは正論で、反撃できる隙などない。さて、どうするか。考えるまでもなく、答えは簡単だ。
「勉強して絶対に二葉に入学してやる。だから、誠人。お前も付き合え」
 そうだ。たとえ不可能であったとしても勉強をする意味はあるはずだ。滑り止めくらいは同じ高校でも受かる気がする。
「って俺もか? さっきも、言っただろう。迷っているけど二葉いって苦労するくらいなら、レベル下げるって」
「そんなの関係ない。お前は二葉を受けろ。はい、決定」
「……何処の餓鬼大将だよ」
 誠人がぼそっと呟いていたが、無視を決めた。そもそも誠人が帰りがけに話しがあると言って呼び出したのが悪い。俺に話を教えなければこんな話をする必要もなかった。
 でも、仁美の進路希望を今のうちから聞けてよかったと思っている。ほぼ100%二葉だと思っていたけど、こうやってわかると俺の目標が立てやすい。
 目標は大きいほど燃える。だけど、大きすぎて挫折するかもしれない。けれど、仁美と離れたくない。こんな風に思うのはおかしいし、動機不純だとわかっている。でも、今の仁美は恋愛なんか興味がないのだからしょうがない。仁美が恋愛に興味を持ったときに告白するのが良いと思っていたから、こんなにめんどくさいことをしなければならなくなった。
 けれど、学歴が良いに越したことはない。今から勉強して成績が上がれば親も喜ぶだろう。いや、勉強し始めたら何があったと驚くに違いない。
「俺は本気だからな」
「はいはい……せめて頑張って学力つけてください」
「おう!」
 俺が何があっても絶対に仁美と同じ学校に行くと決意した日だった。


「きぃぃいいいいいいいいい!また負けたぁあああああああああ!」
 仁美が叫んだ。成績表が返って来た瞬間に、仁美が俺の成績表を奪い取ったのだ。教室中は成績表が返ってきたことによりざわついているから、あちこちで悲鳴と奇声が響いていた。
「アンタねぇ、なんでこんなに成績が上がるのよ。中学の時が嘘みたいじゃない……」
「しょうがねぇだろう。上がったもんは上がったんだから」
「努力している私が負けるなんてあり得ない!!」
 幸い、二葉高等学校に合格し、高校に入学した後も仁美とは同じクラスになれた。こうやって仁美の傍に居られるのは幸せだ。たとえ嫌味を言われようとも、これはこれで新鮮で嬉しい。
「俺だって努力してんだよ。お前の努力不足なだけ」
「……絶対、次は負けない」
「俺も負けないよ」
 決意したあの日を境に、死に物狂いで勉強した。勉強を初めてすぐにわかったのは、俺は理解しようとしてなかっただけで、理解しようと思えば全てがパズルのように頭の中に入ってきた。定期テストの点数はとれて実力テストの点数がとれなかったのはこれが原因だろうとわかった。うわべだけの理解だけでは実力テストで点数がとれるほど甘くはない。それに、勉強をする容量が良かったのかもしれない。先生に二葉を受けたいと言ったときは冗談だろうと言われたが、俺の努力は実って今こうして仁美と同じ学校にいる。親にもおかしなこと言わないとか言われたけど、実際に合格したから嬉しいことだろう。
 何より一番嬉しいのは俺だ。中学時代、一番邪魔だと思っても排除できなかった克也は二葉を落ちている。仁美と同じく、確実に合格するだろうと言われていた分、俺も周りも皆驚いた。これで本当に邪魔なやつは少なくなったのではないかと思う。生徒会長は彰人さんだし、新しい友達にはある程度の牽制をかければいいのだから。
「何笑ってんの?」
「内緒」
 高校にうまく潜入できたと言って良い。仁美をいつか絶対手に入れてやるその日までは、仁美から眼を放すことなんてない。仁美が俺の想いに気づいてくれればいいなと思うと高校生活がなんだか楽しくなってきた。

2010/7/5
加筆再録 2012/5/1

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