「仁美、今日が何の日か知っている?」
 朝食を食べている時に、母が微笑みながら聞いてきた。今日は7月7日。何かあっただろうかと頭の中で考える。
 ……7月7日は七夕だ。直ぐに答えが出てきて良かったと内心安心する。
「七夕でしょう。それ以外の何にもないじゃん」
 七夕恒例の短冊に願い事を書くという行為をしようとも笹がないのにどうしろというのだろうか。そもそも去年まで何も言ってこなかったのに、どうして今年に限ってそんなことを聞いてくるのだろうか。
 母は相変わらずにこにこと笑っていて、何処か不気味である。母の機嫌が良い日は私の中で危険度が高い。何か突発的なことを言って来ることが多いのだ。
「あたり。七夕よ。でね」
 “でね”という母の言葉に何かあると悟ってしまう。母に振り回されるのはこりごりだが、朝食を捨てて逃げるということは今日の学校生活には良くないこと。朝食は何があっても絶対食べるというのが私のポリシーなのだ。だから、逃げたくても逃げられない。
「七夕パーティーでもしようかなって思っているの」
 母はご機嫌に答えた。いや、それよりもパーティーって当日にやろうといってやれるもんじゃないでしょう。まぁ、母の場合、なんでもかんでもパーティーとか言ってくるし、前もって計画立てているけど、どうして七夕にパーティーという考えが出てくるのか、母の頭の中が知りたい。
「……なんで?しかも、どうして朝に言ってくるわけ?」
 パーティーといっても家族内でやるくらいのなら良い。夕食が少し豪華になるくらいが普通の家庭だが、私の家の場合そうじゃない。パーティーと言ったら母の友人を呼んだり何かと大勢の人数でやろうとするのだ。
 だから嫌な予感がしてならない。いつもなら母が勝手に企画をして学校から帰って来た時に言って来るのが常なのに、今日は朝なのだ。何かをしろという意味に違いない。
「そうよね。いつもは本当の直前にしか言わないものね」
 ……わかっているなら、前もって言ってほしい。
 それもあえて言葉に出して言わないのは、母が恐ろしいからだ。あの笑顔の裏に隠されているものがおぞましいのだ。
「だから、今日は朝に言ってみたのよ」
「……そうですか」
 朝に言ったところで何も変わらないと思うけど、それでも、少しばかり余裕ができて嬉しい。いつも唐突すぎて、知らない人がやってきて、笑顔で一緒に食事をするのってある意味苦痛だった。それが前もってわかるだけでも良いことだ。
「あら、嬉しくないの?」
「前もって言ってくれるのは嬉しいけど、どうして今?昨日とかでも良かったじゃん」
「だって、今朝言わないと仁美が忘れそうだし、仁美に頼みたいこともあったの」
 ……やっぱりそうですか。
 母が朝から言ってくるなんて何かあるとは思っていたけど、やっぱりあるのかと思ってしまう。
「はいはい。で、私は何をすればいいのですか?」
「もう、仁美。“はい”は一回でしょう?」
「……わかっています」
「もう何回言ってもわからないんだから。でね、頼みたいことっていうのがね―――」
 どうしてそれを私に頼むのか母の言葉に呆れてしまった。


「って、今日?」
「うん……今日の夜。母さんが勝手に言いだしたことだし、無理なら無理で構わないから」
 母の頼みごとと言うのが、アイツを招待して来いというものだった。アイツの両親にはすでに伝えてあるらしいけど、アイツにだけは伝えていないから伝えてほしいと……本当に勝手過ぎる。それならメールでも構わないと思っていたのに、直接伝えてくることと言う嫌な条件を出されたために、学校で伝えた。
 私の家とコイツの家は昔からいろいろと付き合いがあって、それが家族絡みでだから何かと一緒にやることがある。母主催のパーティーには当然ながらやってくる。もちろん、コイツもやってくる。
 結局は私の母とコイツの母が計画して一緒に夕食っていうことが多いんだけど、近所の人がやってくることもしばしばあったりする。
「っていても、どうせ俺の母さんたちも行くんだろう」
「……たぶんね」
「伝えてくれてありがとう。俺の母さんたちって、連絡しないことのほうが多いからいつも遅刻だからさ」
 ……今までのことを考えると、確かにコイツだけ遅刻してやってくることが多い。てっきり部活動が忙しいんだろうと思っていたけど、実際は連絡が行ってなかっただけってことに驚いた。
「そうなんだ……」
「そうだよ。おかげでいつも熱々なものが食べられないし、残り物だしね」
「アンタが気づかないのが悪い」
「大抵仁美の家でやっているのに、どうやって気づくんだよ」
「普通気づきなさいよ」
 夕食の手伝いをしていなくても、ご飯が出来たというお知らせがやたら遅いと思ったら探るでしょうが!
「気づかなくて悪かったな」
 そんな些細な言い争い。コイツとの関係はこんな感じ。幼馴染のためか、何処か互いに許し合っているところがある。
 だからコイツの隣にいるときは気楽だ。普通の私でいられる。
 ただ、最近コイツのファンクラブからの嫌がらせは多々あるが……それでも入学当初、最強最悪生徒会長―――神野彰人の妹だからという理由で私を軽蔑したりはしなかった。
 誠人や中学から一緒の子たちからは軽蔑されなかったけど、やっぱりどこか一線を引いている感じだったのも事実だ。


「なんでこうなるのよ!!」
「だから、仁美は織姫役で、高志君が彦星役ね」
「……あのすいません。何をしようとしているのですか?」
 コイツが家に着くなり、私とコイツは私の母に呼ばれて、衣装を押し付けられた。そして、急いで着替えてねとか母がほざいている。私は衣装を突然押し付けた瞬間に大きな声をあげたのだ。
「なんとなくいつもと同じだと詰らないから、たまにはこういうのもいいかなーって。高志君のお母さんからもOKもらっているし」
 母は上機嫌に答えているが、なんとなく今回の件がわかってくる。
 ……私で人形遊びをしたいらしい。
「そんなの知るかぁあああああああああああああああ!」
 誰か母の暴走を止められる方法を教えてほしい。
 この後、私は記憶が無くなってしまうくらい暴れたらしい。そして、それが原因でパーティーは中止になったとかならなかったとか……

2010/7/7

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