「あー暑い」
 彼が団扇を仰ぎながら、私の隣を歩いている。彼と私は幼馴染。家も隣、学校なんか小中高同じでしかも10年間クラスも同じという変な仲であった。そう、腐れ縁である。幼稚園からのころからカウントするともっと増える。私は、ずっと彼の隣にいたような気がする。
 今日は夏休みということでクラスの友人とプールに行くことになっていた。私は、友人からサボりそうな彼を絶対に連れてくるように言われ、無理やり引っ張ってきたのだ。
 …そうコイツはモテル。女の子の餌として、絶対何が何でも連れて来いと今回の幹事に言われたのだ。
 そんな彼は、さっきからこの調子。暑いだの、めんどくさいだの、団扇を片手に持ち、水着道具が入っていると思われるバックを持って歩いている。私は私で、水着道具が入っている鞄とお昼ご飯の入っている鞄を持っていた。
「暑いのは、しょうがないよ。夏なんだもん」
「あー夏ってどうしてくるんだよ…暑くて死ぬし。それより、どうして俺が行かなきゃいけねぇんだよ」
 明らかに行きたくない様子が伺える。だったら、どうして今、こうやって私と歩いているのだろう。
「…死ぬはずないじゃん。それに、子供の頃は夏が好きだったくせにさ…いいじゃん、プールくらい。別にどうともないでしょう?」
「昔の話出すなよ。それに、問題有りなんだよ…どうせ、誠人の差し金だろう?」
 私はしゃべらなかったが、確かに幹事の誠人の差し金である。
「ごめんごめん。早く行こう。皆待ってるよ」
 会話を濁して悪いが、待ち合わせ時間に遅れてしまってはもともこうもない。
「…はいはい」
 コイツの情けない返事に渇を入れてやりたかったが、もうどうでもよかった。
 半ば強引に連れ出したから機嫌が悪いのかもしれないと思ったが、それでもやっぱり来るということはそんなにやる気がないわけでもなさそうだ。
 …彼との昔の思い出はたくさんある。ずっと傍にいたからこそ、きっと今では知られたくない秘密などを私は知っていたりする。その話を振ろうとするとしゃべるなと止めに入ってくるから実際はしゃべってない。だけど、彼のことを知ろうとしている人は結構多い。だって、彼が気づいているかどうかは知らないが、先ほども述べたように彼はモテる。…だが、彼女がいるという噂は聞かない。告白はされているらしいが、全部断っているらしい。もったいないことをする男だとつくづく思う。自分は、全くそんな感じがないからこそ、うらやましいと思っていたりしている。男運が悪いようなのだ。
「なぁ…」
「どうかした?」
「…今日はさ、お前も入るんだろう?」
「なっ…なに言ってるの?入るつもりなかったら行かないよ普通。確かに、焼けたくないからーとか言って入らない子はいると思うけど…ほら、たとえば色白の千晶ちゃんとか」
 突然何を言い出すと思えば、そんなことだった。私は、焼けてもそこまで気にしていない。親からも友達からも間違っているとは言われるけど、本当に気にはしない。別に構わないからだ。確かに、将来のことを考えると焼けるのは痛いのかも知れないが、今の私は私のままでいたいのだ。というよりも、自分勝手という意味だ。
 そして、色白の千晶ちゃんは、クラスのアイドル的存在。私は、あまり付き合いにくいって感じだけれども、男子からは絶大な人気を誇っている。ちなみに、彼氏募集中らしい。だが、そんな彼女なのに告白されても全部断っているというから不思議である。この不思議は彼と同じであり、彼もまた一部では学園の王子などと呼ばれていたりしているためか学校の七不思議化までもつれ込んでいたりしているのである。
「あーアイツはどうでもいいよ」
「なっ…何がいいたいわけ?」
「別に。ただ、お前って泳げなかったんじゃないかって思ってね」
「それ、どういう意味よ。ちゃんと泳げます。っていうか、小さい頃は泳げなかったのはあんたでしょう!!」
「だから、昔の話を出すなって!!」
「わかってるって。アンタの昔話なんて誰も聞きたいとは思っちゃいないって」
 きっとコイツにほれているやつ以外は。と心の中で付け足す。本当にコイツって何故かはわからないがモテるから不思議なものだ。確かに、背は高くてすらっとしていて顔立ちも整っているからかっこいい部類に入るのかもしれない。それに、運動神経も勉強も出来ている。勉強だけはどうにか私も同じレベルまであるが、試験などではいつも負けている。中学のときまでは勝っていたのに…って時々うらやましく思ったりもする。そもそも中学の時点ではコイツが私と同じ学校に入れるわけがなかったのだが、実際の試験は合格。あのときはありえないと私もいっていた。でも今なら、はっきり合格できて当然であると思う。いつのまにかコイツは学年1位。そして、さらに2学期からは生徒会長である。またまたファンが増えているということはもう皆知っている。そして、影ではファンクラブらしきものが存在していることも。
「まぁ、アンタのファンにも言わないから心配しないで」
「…アイツ等、本当に邪魔でしょうがないから。俺の周りに付きまとうなっていいたい」
 そういう彼だが、私は彼の前に出ておでこにパチンとデコピンをかましてやった。邪魔とかそういう言葉を使ってはいけない。付きまとっているのが嫌ならはっきり言わないといけない。それに、そういうことするのには、訳があるんだからさ。
「そんなこといわないの。皆、アンタのこと慕っているんだから」
「…お前も?」
 少し驚いたように彼は問う。
「当たり前でしょう。じゃないと、生徒会選挙のときにアンタに票を入れないって」
「それ本当か…?」
「何が?」
 何を問われているか理解できない私はすぐさまに返事を返した。でもアイツはそんな私を見てため息をすると、プールがある方向にさっさと歩き始めた。
「ちょっと、どういう意味よー!!」
 私のそんな声が聞こえているはずなのに、彼は答えずさっさと歩いていった。



「うわぁ。来てくれたんだー」
「もう、高志くんがいないと燃え上がらないんだよねー」
 アイツが来るなり、アイツのファンはアイツを取り囲んでいた。私は、やっぱりアイツはもてるんだなって再認識させられるところだった。それに比べて私は…と思うととても落ち度だった。
「仁美。お疲れさん」
「あぁ…ありがとう」
 私に声をかけてきたのは、これまた幼馴染仲間で今回の幹事、誠人だった。誠人はムードメーカーで女子が持ちかけてきたこの企画を進行した張本人だ。アイツとは、昔は仲がよかったのに今はもう犬猿の仲だ。
「アイツって本当に仁美のいうことだけは聞くからな。お前と同じで幼馴染の俺の言うことは全く聞かないのに」
「そんなもん?別にアイツがそんなことしないと思うんだけど」
「お前はわかってないね…」
「何が?」
「…アイツがお前に惚れてるの、気づいてないわけ?」
「は?」
 何を言うかと思えば、絶対ありえないことだった。というよりも、アイツが私に惚れていると時点で間違っているような気がする。今もアイツは女に囲まれていた(一部、男にも囲まれている)やつが、何のとりえもない私のことを好きになるわけがない。というよりも、ただの幼馴染でそれ以上のそれ以下の理由もない。
「やっぱり、仁美は気づいてなかったか…」
「なに、馬鹿なこといってるわけー?ありえないって」
「ぁ、神野さん気づいてなかったんだ」
「はぁ?どうして皆してそんなへんな冗談言うわけ?」
 クラスのほとんどの女子がアイツの周りを囲んでいるので、私は男子側のほうにいたのだが、男子がこれまたつまらない冗談を言う。絶対、ありえない話だ。だって、アイツが万が一私に惚れているとしても、そんな素振りを一度も見たことはなかった。
「こりゃぁ、高志も災難だな」
「そうだなー高志は意識まるだしでも、相手がなぁ」
「…意味わからない」
「まぁ、お前たちの仲は女子は認めないとは思うが、俺たちは暖かく見守っているから」
 肩をポンとたたきながらそういわれるが、私はアイツのことをなんとも思わないし、きっとアイツだって私のことなんかなんとも思っていない。いや、思っていたほうがおかしい。
 そもそも本当だとしても、アイツは私のどこが好きになったんだろう…
 そんなことを思っていた真夏のある日。まだまだ夏休みが始まったばかり。風が吹いていて、その風で涼んでいるけれどもやっぱり暑い夏の日だった。でも、この日が不器用だった私たちの関係が変わっていく、全ての始まり日だった。

2007/8/4
加筆2009/6/20

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