「あんな写真撮られていて自覚なしかよ……」 克也は呆れたように返答してきた。 「ちょっと、それどういうことよ!!」 冷や汗が一気に噴き出る。克也が言っている“あんな写真”っていうのは、たぶん、例の写真だろう。 どうしてそんなのが克也のところまで出回っているのかと思うと恐ろしい。写真をばらまいたのはあの兄貴以外はいないと思うが、そこまでするか、あの糞兄貴が! 「いや、だから……彰人先輩からメールが回って来て……」 「やっぱり、あの馬鹿兄貴が原因か……」 「まぁ、あんな写真撮られるようなことをしたっていう既成事実が出来あがったという」 「違うから!何にもないの、アイツとは!!逆に迷惑なのよ!!」 克也が最後まで言い切る前に強調して答えた。あの写真を見た全員がそんなことを思っているのか考えると恐ろしい。ただ一緒に寝ていただけだ。皆が思うような変なことは一切していない。それは断じて言う!何にもしていない!!ただ、車の中で寝てしまっただけだ。 「仁美……だから、いい加減原田君と付き合っちゃえばいいのよ」 実夏が横から入ってきたが、その案だけは却下。ただでさえ、アイツの親衛隊からの嫌がらせを受けているのだからますますエスカレートするに決まっている。変な刺激を与えて、これ以上私の精神が持たないようなことになるのは避けたい。慣れているとはいえ、さすがにつらい。 「何度も言うけど、それだけは却下。あぁ、何処かに彼氏のふりしてくれる男いないかな」 「俺がやろうか?」 克也の即答の声が耳に入る。それに驚いた私は、目を見開いた。克也が答えてくれるなんてとてもじゃないが思わなかったのだ。兄貴とアイツを知っている人間だったら、絶対に応じてくれるわけがないと思っていたからなおさらだ。 「……本当に良いの、克也」 「あぁ、仁美の頼みなら仕方がないだろう」 「ありがとう、もう克也大好き!」 無意識のうちに、私は克也に抱きついていた。 久しぶりに会った友人、しかも男に突然、抱きつくなんて、後から考えれば恥ずかしい行動。でも、精神的にぎりぎりだった私に差し出された光のように感じていた。 「おい、仁美?」 抱きつかれるなど思っていなかった克也はうろたえていたが、私は回した腕を離そうとはしなかった。彼氏のふりなんて誰も引き受けたくない仕事を引き受けてくれるなんて嬉しすぎてしょうがない。ただ、その前に問題はある。克也がいいといっても、克也に彼女がいるのではないだろうか。他にも、私と付き合うふりをすることで振りかかってくる火の粉に対して平気なのかという点もある。 「あぁ、もう誰も私の味方をしてくれる男なんていないと思っていたけど、克也は私を見捨てないでくれるなんて嬉しすぎる」 先ほど浮かんだ問題点なんか既に頭の片隅に追いやった。克也が良いということは全て受け入れてくれているということだ。 「んで、ところで仁美。こちらの方は誰?」 実夏に言われるまで忘れていたが、克也のことは何も言わずに話をしていたことを思い出す。克也のことを実夏が知る筈もない。たぶん、私の知り合いと思っていたのだろう。 「俺は、仁美や高志の中学の同級生の小林克也っていうんだ。よろしく」 「秋月実夏よ、で、本気で言っているの?」 実夏が心配しているのは、私との恋人のふりをするという発言だろう。たぶん、それ以外ない。というより、覚悟がないとそんなことOKする人もいないのに、どうして改めて聞いているのよ。 克也がいいって言っているんだから、そんなことはもう問題ないのよ。って、私のなかでは解決済みだけど、実夏にとってはそうじゃないってことなのかしら。この問題は実夏とかはあまり関係ないはずなのに、どうしてこうまで皆、仲に入ってきたがるのか疑問で仕方がない。 「あぁ。あの馬鹿野郎を刺激するくらいにはこれくらいがちょうどいいんじゃないかと」 「……田中くんは殺されるから絶対嫌っていっていたのに、貴方って凄いのね」 実夏が知っているのは、生徒会室に帰って来てこの話しを聞いたからである。さらにいうと、誰かに恋人のふりをしてもらおうっていう案を仲の良い友人たちに伝えているが、皆、アイツに殺される可能性があるからやめるといって悉く嫌がっているのが現状である。 根性がない男友達が多いと思ってしまう。そんなにアイツが何かするとは思えないのだけれど、皆、アイツが恐ろしくて仕方がないらしい。 「誠人の野郎は、彼女さんに怒られるからじゃないの?それに、誰も嫌だろうね。特に同じ学校だとさ」 ……アレ、今、始めて聞いたことがあるんですけど。 誠人が何処ぞのお嬢さんと付き合っているですって……? 「まぁ、そうよね」 「って、待ってよ。誠人って誰かと付き合っていたの?」 私の発言に目を見開いて、ぼそっと言葉をこぼした。私、何か間違った発言でもしたのだろうかと不安が募る。 「……なんで同じ学校じゃない俺が知っていて、同じ学校の仁美が知らないんだ」 すかさず、実夏が告げた。 「仁美だからでしょう。私は誰かまでは知らないけどいるのは知っていたから。仁美の恋人のふりを頼んだ時にも誰かまでは皆知らないから、ふりを頼んだかと思っていたんだけど……違ったみたいね」 二人の溜息が聞こえたぞ。何、私だけ知らなかっただけで、皆知っていたってこと? というより、りっちゃんも誠人も私にそのこと言わないのよ!私が鈍感だからなのか?鈍感だから何も告げないで、隠していたのか。 そんなこと考えてくると怒りが募ってくる。私なんかどうせ鈍感で気づきませんよ、だ。 「俺は相手が誰かまで聞いているけど、顔みたことないから」 「「え」」 つまり、中学の同級生ではない別の誰かとなる。ということは高確率で学校の誰かということになる。 実夏も私もその発言に驚きの声を挙げた。だって、誰か知りたいじゃない。 「だっ、誰?」 「名前は……えっと、なんだったっけなぁ……覚えてないけど、とりあえず俺が知らないやつだったのは確かだ」 「気になるんですけど」 「まぁ、そんなことより……いい加減、抱きつくのやめないか、仁美」 「ぁ、ごめんごめん」 克也に回している腕を解きながら、今まで抱きついていたというのは少し恥ずかしいというものが芽生えてきた。でも、克也が味方だということが嬉しすぎて仕方がなかったからしょうがない。 誰も私の味方をしてくれる人なんていなかったんだもん。 「話戻すけど、本当に構わないのね」 「もちろん、俺、仁美に惚れているし」 「あぁ、克也ったら素敵」 もうさっそく恋人見たくいってくれるところをみると、本当に付き合ってくれるみたいだ。脱☆付き合っているからもうやめてよ作戦がうまくいきそうで私は大喜びだ。 「……原田くんがなんていうやら」 「アイツが悪いんだから仕方ない」 「もう克也の言うとおりだわ」 アイツがすべて悪い。アイツより兄貴だろって言われても仕方がないかもしれないけど、この原因の一端であるアイツに押し付けても問題ないだろう。 克也に恋人のふりをしてもらえば、少なからず虐めと嫌がらせは減ってくるに違いない。変なストレスを抱え込むことも少なくなってくるだろう。 「ってことでこれから、よろしくな」 「こちらこそ」 私は声を張り上げて笑顔で答えた。 さっそく家まで送ると克也と一緒に道中を歩いていた。初めは断ったが、克也の家は私の家よりも向こう側にあるため、気にしなくていいと言われた。少し遠回りなだけだからと告げられて、なんてやさしいんだろうって正直思えた。 恋人らしくふるまっていれば、そのうち嫌がらせが減って、克也にこんなことさせなくて良くなるだろう。 とりあえず、これからどこまで恋人のふりをするかを話し合っていた。克也に悪いなとか思いながらも、克也はアイツに一泡吹かせるならなんでもするっていって逆に喜んでいた。そこを喜ぶところなのかと思っていたが、協力してくれるならなんでも利用します。 実夏と途中で別れたが、実夏は始終本気なのかと克也に聞いてきた。本気だから付き合ってくれるんじゃないって言ったけど、実夏は納得した様子じゃなかった。 「まさか、克也がやってくれるなんて思いもしなかった」 久しぶりにあってすぐにいいよとかいうなんて良い人すぎる。もう中学の時から克也って良い人すぎって思っていたけど、本当に感謝の気持ちで一杯だ。 「俺は、本当に付き合っても構わないんだけどな」 「またまた、私なんかより良い人いるんでしょう?あ、確認してなかったけど、付き合っている人とかいるの?」 先ほどはそんなのどうでもいいや見たいな感じで、付き合っている人がいるのかとか頭の片隅に追いやったが一応確認しておく必要がある。 もしいるのなら、その彼女さんにはちゃんと説明をしておきたいからだ。 「いないよ、ずっと。俺、恋人いない歴イコール年齢だから」 「嘘つき。告白はよくされているくせに」 中学時代、克也はよく告白されていたのは知っている。だけど、誰とも付き合わないから本命の恋人がいるのかと思っていたんだけど……実際は違っていたみたい。なら、なんで付き合わなかったんだろう。学年1、かわいいと噂された子からも告白受けていたはずなのに、どうして付き合わなかったんだろうっていう疑問が今更浮かんできた。 「……人の気持ちを壊すみたいなことしたくなかったし、自分の気持ちに嘘をつきたくなかったからね」 「ふーん、そんなもんなのかね」 私も恋人いない歴イコール年齢だけど、そんなこと考えたことはない。 恋愛なんて邪魔くさいとしか思っていなかった私とは全然違う考えである。 ……まぁ、女子力低いとか、本当に女かと言われたこともあるどね。女より男とも言われることのほうが多いくらい。おかげで、男友達のほうが多いということになっているし…… 「そんなもん。付き合って好きになるってことはやりたくなかったからね」 「克也は本命の彼女がいるんだと思ったのに違ったんだ」 「……本当に好きな子はいたんだけど、その子は鈍感だったし、最強のガードがいたから諦めた」 「ガードって……誰かと付き合っていたってこと?」 克也の話を聞くと、誰かを思い出しそうな気がするんだけど……いやぁ、まさかだよねぇ…… 「違う。その子のこと好きだった子が、他の男が手を出さないように守っていたって感じかな」 「へぇ。そんな子もいるんだね」 きっと気のせいだと思う。うん、最近になっていろいろと自覚してきたとはいえ、こんなこと自惚れ以外何にもない。それに、克也だったら実名出すと思うしね。あはははは。 「いつかは絶対くっつくだろうって思っていたし、自分の気持ちを言わなかっただけ。ただの臆病者だっただけだよ」 「……で、その子はそのガードしていたやつとくっついていたの?」 「いいや。ホント、何のために手を引いたのかわかりゃしない……お前もそう思うだろう、久しぶりだな、高志」 アイツの名前が出てきた瞬間、前を向いてみるとアイツがいた。 何時の間にと思ったけど、既に私の家の前で、アイツが外に居てもおかしくなかった……が、どうしてタイミング良くいるのでしょうか? 「克也、お前……」 「……もうお前にまで情報が言っているとなると、あの子も手駒ってことか」 「何が言いたいんだ」 「……お前に呆れたんだよ。彰人先輩の力をまだ借りているところとかな」 とりあえず何を話しているのかさっぱりわからないけど、喧嘩は良くない。中学時代もそこまで仲が良かったとは言い難かったが、久しぶりに会った旧友同士、仲良くしてほしい。 「えっと、喧嘩するのやめない?」 この空気の中にいるのは居た堪れない。どちらかというと平和なままでいたい。 「……やっぱり仁美は変わらないか」 「克也、どういうことかな?」 何か変わっていないと問題があったってことなの?変わっていなくて悪かったわね。 それよりもこの雰囲気をどうすればいいのかしら。 「俺は高志と話があるから、仁美は家に帰りな」 「え、でも……」 「別に喧嘩するわけじゃないから」 「……わかった」 納得いかなかったが、女の私が入って良いような雰囲気じゃなかった。喧嘩をするわけじゃないっていっても、既に喧嘩腰なところとかみると、家の前で喧嘩するのではないかと不安になって部屋から様子を見ていたが、ただ話しているだけだった。 何を話しているか聞こえなかったが、喧嘩をしている様子ではない。 途中から、私が聞いていることに気づいたのか、アイツの家に入っていって話の内容はさっぱりわからなかった。 2012/2/14 Copyright (c) 2012 Akari Minaduki All rights reserved. |