例の件から約1カ月。あの後の生活は平穏ではなかった。さらに、酷くなってしまった。兄貴の嘘つき。やっぱり私が思っていたとおりじゃない、と文句を言いたかったけれど、兄貴に告げる勇気はない。今までの私だったら突っかかっていくけれど、その気力までをも奪い去られていた。
 初めはあの写真について問い詰められた。正直に車で寝ているところを撮られたって答えたのに納得してくれない。しかも、アイツには聞かず私に聞いてくるところもムカつく。アイツには被害が及んでいない。いつもと同じように私だけが被害を被っている。さらにあの一件以降、今まで以上に私に構い始めているみたいで、平穏そのものをぶっ壊してくれている。1週間くらい写真について責められるとその後はいままでのプチ虐めが酷くなってきた。虐めっていうよりはちょっとした悪戯気分なのでしょうがね。でも、こうも毎日やられると虐めの域だと思うのは私だけでしょうか。
 こんな生活がかれこれ3週間近く続いているのは、さすがに私でも切れる。今までとは比にならないくらいの量でこっちもストレス溜まっている。もちろん先生に相談する、報告するっていった方法はできるけれど、そんなことはできない。これくらいどうにかして解決しなければならないと思っているからだ。とりあえずは初めから決めていた様に、今は穏便に暮らす。……違った、卒業まではこれ以上何もないように穏便で過ごすと決めたのだ。

 なのに、私の夢をあっさりと打ち破るのが原因であるアイツだ。

「……アンタ、今の状況をもっと酷くしたいと?」
 鬱憤が溜まりにたまって普段からイライラするようになってしまった。既にアイツの顔なんか見たくないのに毎日教室で、放課後の生徒会室で顔を合わせるのが嫌だった。
 とは言っても、生徒の意志を尊重してくれている学校だからこそ、生徒会の仕事も多い。生徒会室でまだ皆が来ていない間に話をつけておく必要があった。
「仁美、何か勘違いしてないか?」
「勘違いですって……?馬鹿兄貴が原因だってことはわかっているけど、アンタのほうから釈明してって言っているのよ。私がこんなにイライラしているのはアンタにも責任あるのわかっているでしょう?」
 もうコイツを使っても事態を収拾できるかわからない。ただ、使わないでこのまま酷くするのもどうかと思っている。コイツが全部を否定してくれれば治まるっていうものじゃないのもわかっているけれど、行動や言動に責任をもってくれれば少しは打破できるかもしれないという甘い期待を持ったのだ。
 コイツの表情は変わらない。何を考えているか読めない。今の私に対して憐れんでいるのか、笑っているのか。
「……だったら、俺と付き合っているってことにしとくか?」
「は?」
 それっておかしくない?
 ……確かに告白されてから返事はしてないけど、それは駄目。絶対駄目。今よりひどくなることが確実に目に見える。
 なに、さらりと恐ろしいこと言っているの。この天才人が。
「だから、俺と」
「それは絶対嫌!」
 しかもどうしてよりにも寄ってアンタと付き合っていることにする。この先も絶対、アンタと付き合うとかいうのはない……と思う。
 返事は保留と言うか、今は無理って答えたけど、アイツは待つとか言っているのはたぶん、それだけ私のことが好きだからで……あぁ、考えていると自分までもがおかしくなりそうだ。
「仁美、高志以上に良い男なんてそういないぞ」
「……誠人、アンタはなんなの?」
「いや、いい加減お前等くっつけっていうのがこの学校全体の考えだと思うから、くっつけば治まると思うけど。たとえ、事実じゃないとしても」
「ねぇ、この学校の生徒全員病気じゃない、頭おかしいよ」
 たぶん、私が注目されているのはあの兄が原因であり、コイツが構っているからである。コイツのファンにとっては私が邪魔でしょうがないっていうのもあるだろう。
 誠人は溜息をつく。溜息をつきたいのはこっちだと言いたい。
「仁美、この騒動収めたいと思うなら、高志と付き合っていることにするのが一番だと思うぞ。別の奴だったらそれはそれで騒動が広がりそうな予感だし」
「そもそも兄貴があの写真を広めたのが問題なのよ!そして、コイツが弁明しないからでしょう!!」
「……あぁ、まぁそうだが……」
 今の生徒会室には私達3人しかいない。誰かが来る前にこの話しに決着をつけようと思っている。稚香と実夏は先生に呼び出されてこの場にいない。あの2人がいたら他の案が出るかもしれないけど簡単な物じゃないと言うことはわかっていた。
「誰かと付き合っているってことにすればいいなら、誠人アンタでも良いわけでしょう?」
「絶対嫌。高志に殺される」
 誠人、即答。コイツに殺されるって、あり得ないだろう。
「……例え私が誠人と付き合うふりをしても殺さないわよね」
「殺すな。嫉妬で」
 こんなときって、どうすればいいんでしょうか。
 コイツの顔は本気だ。もちろん実際には殺さないでしょうけど、ボコボコにするのは間違いないだろう。私に被害がなければそれでいいとも思ったけど、周りの人間に危害を加えるのはさすがによくない。
 やはり嘘でもコイツと付き合うふりをする必要があるのかもしれない。いや、コイツとは絶対嫌だ。それよりも早急に彼氏のふりをしてくれる男性を探す必要があるのがはっきりした。


「原田君でいいじゃない。仁美もどうして悩むのかなぁ」
 徹底的に無視を決め込み、帰り道で実夏に相談をしてみた。だけど、やっぱり誠人と同じ返答。
 秋に入り暗くなるのが早くなったため、家に帰るのも少し早目だ。アイツはまだ仕事が残っていて学校にいる。というより、たとえ同じ時刻に帰ることになっても絶対に一緒に帰るつもりなんてないけど。
「なんで噂を肯定するようなことをわざわざするのよ……」
 誠人も実夏も、その他大勢も肯定させたいのかと疑問に感じる。アイツの親衛隊がアイツは私のことが好きと知っているらしいから、逆に怒りを立たせるようになるじゃないかって思ってしまう。
「あ、でも、将来的にはそうなるんだからいい加減認めてあげても……」
「どういうこと?」
「だって、稚香子から聞いたけど原田君の家では未来の嫁とか言われているんでしょう?」
 嫁という単語が出てきて、私の頭はこないだの手錠で繋がれた時を思い出した。
 そういえば、おばさんに言われたね。未来の嫁って。
 実夏は何気なく言っているだろうけど、言われるこっちは恥ずかしくてしょうがない。
「……実夏、そんなの本気で思うほうが負けだよ」
「いや、本気にしてないのは仁美だけだと思うよ」
「あぁ、どっかに私を助けてくれる男はいないのかしら」
「だから原田君が」
 実夏はアイツを押してくる。けど、実夏の言葉よりも懐かしい声が聞こえてきた。
「仁美!」
 名前を呼ばれて振り向くとそこに居たのは中学の同級生で、今は隣にある私立の進学校に通っている克也だった。
 私が気づいたのを確認すると克也はこっちに向かって走ってきた。
 紺のブレザーに赤のネクタイ。学校の指定鞄を持っているところを見ると学校帰りらしい。中学を卒業してから会ったことがなかったから、とても懐かしかった。
「克也、久しぶりだね」
「お前も元気そうで良かったよ」
 中学のころと変わっていない声と姿に、中学の時の思い出が頭のなかを駆け巡った。
「……今、帰り?」
「まぁな。それよりもお前と高志の噂がこっちにまで届いているぞ」
「はい?」
 なんか聞きたくないことを知ってしまった気がした。

2011/8/27

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