「17時ごろに、高志が迎えに行くから。それに、浴衣の件はおばちゃんに話したら、すっごく喜んでるみたいだから心配するな」 アイツが来るだって…?何処かに逃げたい。つか、母親に話しただと…?だからか、だから、喜んでいたのか?先ほどの母親の顔が頭に浮かぶ。だから、浮かれていたのか! 母は、ファッション系の仕事をしている。美容師をしていたころもあれば、デザイナーの仕事をしたりと結構、メディアにも出演しているらしい。その母は、どうしてか、昔から私で着せ替え人形をして遊ぶのが好きらしく、いつも服を大量に買ってくる。そして、髪も、母が切ることが多い。その母に、浴衣の準備をさせようとするということは、本当に着せ替え人形になってしまう。 「何、勝手なことしてくれるのよ?私の母がどんな人か知ってるでしょう!」 昔、浴衣を着せてもらうときも、頭のセットから始まり、一番素敵な浴衣はどれかと何故か大量にある浴衣の中から何着も試しに着せ、さらに、帯だのでどれが合うかなどを検討し、母の中で完璧と納得できるまで、着せられる。それがどんなに疲れたことか…それ以来、浴衣は着ていない。しかも、アイツや誠人はその準備が終わるまでリビングでゲームをやっていたような記憶があるから、そのこと知っているはずなのに、どうしてしゃべる。しかも、準備の時間が半端なく、2時間は軽くかかる。 「だから、頼んだんだよ。それに、女子の浴衣着用はお前を強制連行させるためだからさ」 何勝手なことやってくれるのよ。それより、浴衣で打ち上げするわけ? 「行かないったら、行かない!」 そうよ、たとえ母の着せ替え人形になろうとも脱走すればいいことだ。着飾った瞬間に、アイツが来る前に祭りに行って来るーとか言って、逃げ出せばいい。 「…お前、そんなんで2学期から大丈夫なのか?」 「だっ…大丈夫に決まってるでしょう?」 「…いや、高志とのこともだけどさ…アレ、まさか知らないんじゃないだろうな?お前、次の―――」 アイツが何か言い終わる前に、母親が私の腕を引っ張る。 「さぁて、準備が出来たわ。時間もたっぷりあることだし、久しぶりに仁美の全身コーディネイトができるなんて楽しみだわ」 その反動で、受話器を落とす。母がそれを拾い上げると、 「後は私に任せてね、誠人君。ホント、良い機会をありがとう。本当にこの子、最近はガードが堅くってなかなか出来なくて困ってたのよ。本当にうれしいわ」 …ガードが堅いって私が嫌がっているだけなんですけど。 「わかったわ。高志くんが来るまで、家から出しちゃいけないのね。えぇ。なんなら高志がやってくるまでこの子の準備やることにするから大丈夫よ」 誠人、殺す!つか、私の考えは全てお見通しってことなのか?ちょっと、まじで、勘弁して! 「えぇ、それじゃぁまたね、誠人君。昔みたいに高志君と是非遊びに来てね。最近、この子誰も連れてこなくて寂しいから」 そう言って受話器を置く。あぁ、最悪だ! 「さぁて、久しぶりだから本当に気合が入るわ」 母の手を振りほどこうとしても、しっかりと握られていてほどけない。あぁ、もう逃げられない。 「ねぇ、母さん。ちょっとだけ、自分部屋に戻っていい?勉強してたから、クーラーとかつけたままだから」 お願い。せめて、これだけでも許して。今から、とことん付き合わないといけなくなるんだったら、ますます! 「…わかったわ。でも、5分以内に戻ってこなかったら、毎週、仁美の全身コーディネイトさせてくれるって約束してくれる?」 にっこり笑顔で言われても、恐ろしいです。しかし、母は言ったことは実行する人間。 「はいはい。5分以内に戻ってきます!」 「じゃぁ、用意どん!」 ストップウォッチを取り出して、測り始める。つか、ストップウォッチなんて、常備しているもんなの?私は自分の部屋に戻り、携帯を取る。そして、今まで無視していたアイツのメールを確認する。 …確かに、誠人に言われたことを書いてあるし。連絡がないからといって、何度も同じ内容を送ってくれている。最初のころは本当に他愛ないメールだった。アイツの日記に近い内容だった。今日は何何があった。お前のほうは?って感じのメール。私がいくら無視しても、毎日必ず1通は送っていた。もちろん、重要な連絡事項のメールも何通かある。 …メールを読み続け、アイツの優しさというものを改めて理解する。メールには、こないだみたいな俺様鬼畜腹黒な雰囲気は全く見られない。そう、私が知っているアイツそのものだった。 「なんでなのよ、もう…」 アイツのことがわからない。アイツのことを考えたくなかったが、やっぱり、頭の中ではアイツのことを考えてしまう。本当にどうかしている。こんなの私じゃない。 そして、ふと気付く!やべぇ!急いで下に降りないと!母の遊び道具とかしてしまう! クーラーの電源を切り、教科書等を急いで片づけ、慌てて下に降りると、階段のところで母が待っていた。 「ぎりぎりセーフね。あぁ、つまらない…」 そう言って、タイムストップを渡す。 『4分59秒99』 その数字をみてギリギリだったんだなって思った。しかし、時計を見ると、時間が5分を過ぎていることに気付く。 「母さん…」 「うん?どうかした。ぁ、和室でやるから、和室に来てね」 母はさっさと和室に向かう。その様子に母は、私が何か悩んでいることに気付いたのかもしれないと思った。それとも、おしゃべり誠人が話してしまったのだろうか。どちらにしろ、母の優しさに感謝した。本当に母の遊び道具になってしまった日には、私が持たない。 母が待っている和室に向かう。するとそこには、大量の浴衣が既に用意されており、母はどれを組み合わせるか悩んでいる様子だった。一体いつ買ってどこに保存していたのかという疑問はあるが、今日だけは大人しくしていましょう。 それにしても、誠人は何を言いかけていたのだろうか?ふと、疑問に思った。アイツからのメールにそれらしき事柄はなかった。そのうちわかることだろうと思い、母と浴衣着衣のための準備を始めた。 2009/9/26 Copyright (c) 2009 Akari Minaduki All rights reserved. |