17時を過ぎ、母と兄に見送られ、アイツと一緒に待ち合わせの場所に向かう。母は、笑顔で私達を見送ったが、私とアイツとの関係の中に一本の亀裂みたいなものが生じていることを感じ取っているのだろうか。
 待ち合わせの場所を知らない私は、ただアイツについて行くだけだった。その道中で何も会話をしない。道には同じく、祭りに向かっているであろう浴衣を着ている人物が数人いた。結構大人でも着ていたから、いつのまにか恥ずかしいという感情は何処かに消え失せた。
 ただ、驚いたのがコイツの浴衣姿だ。まさか、こんなにも似合うとは思っていなかった。たとえ、コイツが俺様鬼畜腹黒男だとわかっていても、正直かっこいいとしかいいようがなかった。これで、今日もコイツは女子に騒がれるのが決定だと、認識せざるを得ない。
 あぁ、死刑決定だろうという不安だけが私の中によぎった。
「仁美…」
「なっ、何?」
 沈黙の空間にアイツが喋り始めた。とっさのことに驚いて焦ってしまう。
「…お前がお前じゃないみたいだな」
「…あぁ、浴衣のことね」
 何を言っているのかさっぱりわからなかったが、冷静に考えてみれば浴衣のことだと容易に想像がつく。しかし、今日の私は何故か尋常ではない。絶対にアイツの雰囲気が違うことに動揺しているのがわかる。
「それは、アンタも同じでしょう」
 アンタもアンタじゃないみたいだからね。いつもより数割増しにカッコよくなってるって思う。浴衣マジックではないかと少し考えてしまう。
「…ホント似合っているよ。浴衣」
「ありがとう…」
 小声で、感謝の言葉を紡ぐのはどうしてかと疑問に思ったが、母と兄の最強タッグをかわすことは無理とわかっているコイツも大人しかったんだろうなと勝手に納得してしまう。
「本当に彰人さんには敵わないや…」
「…兄貴がどうかした?」
「いや、なんでもないよ」
 兄とコイツの間に何があったかは知らないけど、気になる。帰って兄に聞いてみようかと思ったが、あの兄がタダで教えてくれるわけがない。
 はぐらかすように答えた後、本当に他愛のない会話だった。宿題がどうとか、二学期からがどうとか…どうでもいいことをただ話す。あの日のプールの人のことはお互い触れなかった。というより、触れられたくなかった。触れられたら最後、なんと返事をすればいいかわからない。というよりも、あのキス事件を思い出したくないのもある。怒りが収まっているからこそ、許せる。それよりもいつのまに、その感情を閉まっていたのだろう。
 …昔のままの関係が一番似合っているのがよくわかる。ぎこちない関係は似合っていないことがわかる。でも、戻れない。あの日を境に、全ては動いているのだから。

「遅いぞ、二人とも」
 集合場所であった神社の鳥居の前にはすでに全員集まっていたらしく、私達が最後だったようだ。確かに女子は全員浴衣を身に纏っている。そして、コイツ以外の男子は至って私服。女子の目線は既にコイツに注がれているのがよくわかった。
「…お前が原因だろうが、誠人」
「いやぁ、こうでもしなきゃ仁美を引っ張ってこれないでしょ?」
「…その餌として、おばさんと彰人さんに俺を売るか!」
 コイツは完璧にキレている。いや、キレているというか、文句を言わずにはいれないのが現状だろう。私も文句を言いたいことはたくさんあるが、コイツの勢いで言う暇もない。
「だって、仁美は家から出たがらないだろうから、そのためにはおばさん動かすしかないでしょ?別に高志を餌とかじゃなくて、取引なんだよ」
「取引…?」
 あぁ、誠人がよくやる手というより、母は何かと交換条件を出すからそのためだろう。もちろんコイツも私の母親がそんなことをするのはわかりきっていることだろうと思うけど。
「そう。女子浴衣着用義務の件もその要素だけど、彰人さんがモデル探してるから良い人材いたら渡してほしいってさ」
「…彰人さんからもその話し聞いたが、どうして俺なんだ」
「いやぁ、俺でも良いって言われたんだけど、俺も忙しいからさ。てっとり早く、隣に住んでいるお前ということで」
「…いっぺん、死んでこい」
「うわぁ、ひどい」
 アイツと誠人の会話は皆に駄々漏れ。あぁ、どうせなら人が少なければよかったのに、どうしてもプールの時にいたメンバー以上に増えているのかが理解できなかった。しかも、話の内容からして母と兄のことがもろばれになっているしね…それより、止めなくてはいけない。これ以上、私の家族のことについて喋ってほしくない。
「アンタ等いい加減にしろ。私の家族のことを喋るな」
「だけどさ、仁美、お前の母親は最強だし、あの彰人さんだって有名だからいいんじゃね?」
「良くないわよ。祭りに行くから集まったんでしょう…さっさと行って終わりにしてよ」
 勉強の邪魔をされた挙句、無理やり連れてこられたと言っていいんだからね。母の玩具にされるのはこりごりということをアンタ等わかっているでしょうが!
「そ…そうだな。んじゃぁ、行くか」
 誠人のその声に、皆が動き出す。先ほどの内容をとりあえず、私に触れてこないだけありがたかった。というか、触れられても困る。なんとも答えられないというよりは、答えたくない。家族のことを詳しく話したくないのだ。自分で言うのもなんだが、母と兄は特に強烈なオーラを放ているからなおさら話したくない。
「ったく、本当にお疲れ、仁美」
 後ろから声をかけられる。でも、その声に私は安心した。
「…うぅ、りっちゃん」
 私の一番の親友ともいえる長谷川律。私はりっちゃんと呼んでいる。中学時代のときから友人で、プールの時は参加していなかったけど、今日は参加しているということがとても心強い。だって、プールの時は、私は女子の敵みたいな雰囲気だったしね。
「ったく、仁美の馬鹿…浴衣すっごく似合ってるけど、いろいろあったみたいだね」
「…そっ…それは…」
 いろいろって…まさかアイツとのことですか?でも、どこからそのことを…?まさか、誠人かアイツがしゃべったとか?
「心配しないで。私以外、ほとんど知らないみたいだから」
 にっこりと小声で言われても、それが恐ろしいものでしかない。あぁ、ネタにされるのが目に見えている!だって、りっちゃんは…りっちゃんは、恋バナ大好きなんだから!私のことを鈍感鈍感と言い続けながらも、そこまで触れないでいてくれたりっちゃんが、アイツに告白された事実なんてものは、どうなるもんかわかっちゃこっちゃない。
 あぁ、今日も何か嫌な予感がしてならない。というより、このあと打ち上げとかもどうでもいいような気がしてきた…それよりも、どうして今私が此処にいるかが疑問になってくる。しかし、すぐ簡単に答えは見つかる。全て、誠人とアイツのせいだ。祭りなのに、なんだか思いっきり楽しめそうにない。

2009/10/31

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