「神野さん、どうしたの?」
 声をかけられて顔を上げるとクラスの女子が1人。えっと名前…なんだっけ?度忘れしてしまって名前が思い出せない。
「別に。疲れたから座ってるだけだけど」
 この人も確かアイツのこと大好きクラブのメンバーな気がする。っていうか、今日来ている女子のほとんどがそうだし。なのに、どうして私に話しかけてくるのかわからない。たぶんっていうか、あのメンバーから見れば私は邪魔な敵といっていいほどお邪魔虫なはずなのに、こうやって声をかけてくるなんて…裏に何かありそうで怖い。
「まぁ、慣れない浴衣だし疲れるよね…隣、座っても良い?」
「あ…うん」
 確かに、浴衣には疲れる。何年ぶりかに着た浴衣はやっぱり、どこか動きにくいし、お腹周りは少しきつく感じられる。それに、歩きにくくて嫌になる。
 私は端のほうにより、スペースを作ると、その子は私の隣に座った。
「肝試しかぁ…どんなもんだろうね」
「え?」
「だってそうでしょう?高校生にもなって肝試しするんだから普通の肝試しなわけないじゃん。それに、実行委員っていうかこれの統括は長谷川さんだし、普通のお化け屋敷よりは怖いっていう噂だよ」
「…どういうこと?」
 頭が混乱しているのか、内容をうまく理解できない。確かにりっちゃんが統括しているっていう話は聞いた。でも、普通のお化け屋敷より怖いってどういうこと?そんな噂、いつ、どこで流れた?私、そんな話聞いてないんだけど。
「あぁ、元はね男子が夏祭りと一緒に肝試ししようって言ったのが始まりらしいんだけど、その肝試しを本格的にしたのが長谷川さんって言う話。今回準備に1時間かけたのはそのためだって。なんかわくわくしない?」
 わくわくしません。もしかしてりっちゃん、私が怖いもの嫌いってこと忘れてる…?りっちゃんは絶対こういうのに手を抜いたりしない。逆に本気でやってくる。無駄にクオリティが高いくらいまでに仕上げてくる。何、だったら本当に怖いってこと?
 別にお化けとかが怖いっていうわけじゃない。ただ苦手というだけだが…その苦手の原因を作ったのもりっちゃんで、中学時代の文化祭、りっちゃんにやられたのが原因である。あのときもお化け屋敷を本格的というか、そんじょそこらのお化け屋敷の10倍は怖い作りになっていて、来たお客さんを泣かせていたし、学校からもやりすぎという苦情があとから来たもんだ。
「…そうだね」
 声が震えていたが、よくよく考えれば初めのりっちゃんが準備をするっていう時点でなんでそのことを思い出さなかったのか疑問だ。りっちゃんが準備する…イコール無茶苦茶怖い、またはそれ以上のものとなるということをちゃんと考えていればもっと早くに心の準備というものが出来たのに。
「ホント、大丈夫?なんだか、今日いつもと様子が違ったから心配なんだけど…」
「平気だよ。それにいつもの私だし。ただ、引きこもっていたから久しぶりに外に出て疲れているだけかな」
「そう…あ、もしかして、原田君と何かあったとか?」
 あぁ、この子スバリと指摘してきた。確かに、アイツ―――原田高志と何かあったといえばあったが答えになる。でも、それを話したくはなかった。
 私の答えを待つかと思ったら、そんなことはなく、彼女は続けた。
「といっても、原田君のほうも様子が普段と違うし…様子が違うのが2人だし、なんだかいつもとぎこちなかったからもしかしたらーって思ったんだけど」
 アイツもいつもと違う?どこが?アイツが変態腹黒鬼畜野郎だという事実を知らないとしても、私から見てもアイツはいつものアイツにしか見えない。
「えっと…その…」
 なんていうかやっぱり答えられない。というのも、答えが見つからないのが原因である。この場合、どういう答えを返せばいいのか…答えが出てこない。
「あぁ、もしかして私のこと気にしてるとか…?」
 確かに、それもありますよ。だって、貴方はアイツ大好きメンバーの方ですからね。
 私は肯定を示すように首を縦に振った。すると、すぐさま笑顔で答えてくれる。
「気にしなくていいよ。別に原田君に特別な恋愛感情とか私は持ってないから」
 だったらなんであのときというか、アイツの傍にいたんでしょうか。教えてください。私が呆気にとられている様子を見たためか、彼女はさらに続ける。
「もしかして、勘違いしてたのかな…?まぁ、原田君人気あるし、そういう人たちが、神野さんにいろいろしてたのも知ってたけど、神野さんが強いから何もしなかったけど…本当に神野さんって鈍感だね」
 “鈍感”っていう言葉は私に対しての当てつけでしょうか。鈍感野郎で申し訳なかったわね。っていうか、どういうこと?私がいままで思っていたことは勘違いだったとか?
「原田君のファンクラブっていうか親衛隊っていうものは確かに存在するよ。今日来ているメンバーもほとんどそれだしね。ただ、私もそれだって思っているとは心外だったなぁ…」
「でも、貴方…!」
「あぁ、確かに今日は原田君の傍にいたけど、それは用事があったから。別に特別な感情とかはないよ。それに、原田君は神野さんのことが好きっていうのも有名な話だし。親衛隊もそれ知っていながら、好きですって告白しまくってるんだしね」
 …今なんて言った?アイツが私のことを好きっていう話は有名な話だって?しかも、そのアイツ大好きメンバーはそのことを知っているだと…?つか、そんな話が有名だっていうこと全然知らないし。当事者が知らないっていうことってあっていいのですか。
 私はさらに呆気にとられる。この子から今日一番の衝撃の事実を知って、どういう顔になっているかもわからない。ただわかるのは、今、顔は尋常じゃない顔になっているということだけだ。
「…仁美って呼んでも良い?」
 男子からは結構下の名前で呼ばれることは多いけど、女子からはあまりない。というより、皆私を敵視しているためか、私の周りにあまり寄ってこない。それがときに寂しいこともある。まぁ、普通に付き合いはしてくれるしね。
「あ、うん。全然良いよ。えっと…」
 また名前が出てこない。名前を忘れているってことバレたのがわかるが、彼女は微笑んで答えてくれた。
「実夏、だよ。秋月実夏っていうの。名前、思い出せなかったんでしょう?」
 秋月実夏。名前を言われてようやく思い出す。そういえば、クラスにこういう子いた。
「ごっ…ごめん」
「気にしてないから。原田君から、聞いてるし」
「…アイツから何を聞いてるの?」
 アイツと実夏の接点もよくわからないが、何を聞いているというのだろうか。余計なことまで喋っていたらぶっ殺したい。
「まぁ、いろいろと。私もね、2学期からはいろいろあるから仲良くしたいって思ってたし」
「…いろいろって何?」
「…アレ、原田君から聞いてない?シバ先から連絡回っていなかったから、さっき了解得たって言ってたけど」
「あぁ、その話ね。うん。了解したわ」
 でも、その話と実夏がなんだっていうのかわからない。
「実はね、私も―――――――――――――――――」
 まただ、肝心のところが聞き取れない。周りの声が大きくて、実夏の声が聞こえない。
「――――――なんだ」
「そっ、そうなんだ…」
 とりあえずまた聞いたふりをしておく。まぁ、そのうちわかることだろう。
「っておい、秋月と仁美…何やってんだ」
 またしてもコイツはいつもいきなり登場するんだ…神出鬼没なやつだなと思ってしまう。っていうか、なんかこの2人仲がよさそうなのは気のせい…?
「あ、原田君。ただの親睦だよ」
「…ったく、そろそろ肝試しスタートだってよ。お前もペアのやつのところに行っとけよ」
「はいはい。じゃぁね、仁美」
 そう言うと、颯爽に実夏はその場から離れていった。
 取り残された私とコイツはお互いに顔を見合わせて笑った。
「行くぞ、仁美」
「…そうだね」
 いろいろと聞きたいこととかもあるけど、とっても心が軽くなった気分だった。
 ただ1つ疑問なのは、本当にコイツは私のことが好きなのかということ。実夏が言っていたその話が有名な話というのがどうもひっかかる。
 でも、そんなの気にしない。それに、実夏っていういろんなことを放せる友達が出来て嬉しかった。それだけでも本当は来る気がなかった今日、来て良かったって思えた。もちろん、思いっきり夏祭りを楽しめたことも嬉しかった。

2010/3/3

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