思考回路停止。どうしようもないこの状況に私は流されていた。周りから聞こえるのは、悲鳴のみ。私だって好きでこんなことやっていない。全部、コイツが原因だ。唐突すぎる行動に責任をとってほしい。これからの学校生活がもう憂鬱しかない。
 ようやく唇の感触が無くなった瞬間、考えるより先に行動を起こしていた。
「……アンタ、なんてことをしてくれんのよ!!」
 思いっきり顔面にパンチを食らわせてやろうと力いっぱいぶん殴る。しかし、何時もの如く、アイツはあっさりとそれを受け止めた。
「甘いっ!」
 今度は足をアイツの急所目掛けて蹴り上げてみたが、これまた一歩下がってうまく避けられる。私の反撃に対して鮮やかに避けやがるコイツをぶっ殺してよろしいでしょうか?
「別に気にすることでもないだろう」
「だったら何を気にしろと……」
 しれっと言って来るコイツがムカついてしょうがない。周りもなんだかもう声を出せないと言う状況で固まっている人が多かった。その中で誠人やりっちゃんは溜息をついていた。ちょっと溜息なんかついていないで、私のほうに加勢してほしい。
「俺との将来とか?」
 その一言にさらなる悲鳴と奇声が響き渡る。何言ってんだか、この野郎。アンタはそんなことを言うために学校に来たのか。
「ふざけないでよ。これで一体何度目だと思ってんのよ!」
「4度目」
「そう、4度目って……4度目?」
「あぁ」
 一瞬耳を疑った。過去を思い出しても、今回も含めても3回しかない。残りの1回は私が覚えていないだけで、何処かでやってしまったってことなのだろうか。
 私が一瞬怯んだのを良いことに、アイツは私の右手首を掴むとカチャっと何かをはめてきた。私が視線を移すとそれは手錠だった。普通の手錠よりも少し長めの鎖の先を見るともう片方はアイツの左手首に繋がれていた。
「……コレ何?」
「逃げ出さないように捕獲するための道具」
「なんでこんなもの持っているわけ?変態?それより、すぐさま外せ」
 もう回数なんか後でいくらでも追及できるわけで、今自分が置かれている状況から身を守ることが大切だ。
「無理。俺、鍵持ってねぇし」
「持ってないって、ふざけないでよ!」
「コレ貸してくれた人が持っているはずだから良いだろう。どうせ今からその人とも会うことになるしな」
 良くない!!
 声を出さずにいたが、もう何を言っても逃げることは不可能なような気がした。
「というわけで、行くぞ」
 すると、アイツは鎖を引っ張って私を強く引き寄せた。もうされるがままで、頭にくるけれどこの手錠がある限り逃げられるわけでもない。それにこの手錠の持ち主が誰かもなんとなくわかってきたため、逃げるほうが無駄だと判断した。
「あぁ、それとコイツは俺のだから」
 この野郎をぶっ殺したいという衝動は抑えきれない。もう全てが馬鹿みたいな発言で呆れてしまうと同時に、変なことを喋らないでほしい。それに、私が何か反論したとしても私の発言なんか誰も信じないのだからもう反論する気力すらない。
 もう周りの様子なんて気にしていられない。もう叫び声やら奇声やらが飛び交っているのだけで、今後が憂鬱としかいえない。
 アイツが最後に放った一言が、この先どうなるかなんて私は考えたくなかった。
 周りが放心状態なのを良いことにアイツは私を引きずるようにその場を立ち去った。何も言わずに、その後に実夏と誠人、それにりっちゃんが続いていた。成合さんもコイツの後ろにぴったりと付いていた。
 いつもは短く感じる廊下が、長く感じてしまう。さらに、視線が痛い。クラスでの騒動がまだ周りに伝わっていないだろうから、何事かと思っているのだろう。しかも私の右手とアイツの左手は手錠で繋がれている。一体何のプレイだというのか。
 地獄の廊下を通り抜け、下足に履き替えてから、そのまま正門に向かう。って、通学用の自転車は置いて行けとでも言うのか。文句は一杯出てくるが、全て声には出さなかった。とりあえずは手錠を外してもらうことを一番の重要事項として頭に置いておく。こんな姿で外を歩きたくないのもあるが、家の近所で変なものを見せたくない。後日、周りからなんて言われるかなんてわからない。学校内でならもう慣れてしまったから、憂鬱くらいで終われるが、学校外となると別だ。不幸にしてこの辺に住んでいる方とは交流がある。いや、その前にもう全てが遅いような気がする。学校だからとか学校外だからとかそんなの関係なく、この状況は本当に勘弁してほしい。
 されるがままに此処まで来たけど、私の頭の中はパンク寸前だった。そして、正門の前には見慣れた黒い車が1台停まっていた。
「……やっぱりこの手錠……」
 その車を見た瞬間、私の考えが当たっていたことに気づく。車でわざわざ学校に来るっていうのもどうかと思うが……それよりも、学校どうした!
「そう、お前が良く知っている人物から借りた。というか、あの人が持って行けって言ったんだから」
「……あっそ」
「つか、俺達生徒会役員がこんなにまたサボったら仕事溜まるだろうな……」
 今まで何も言ってこなかった誠人が此処に来て口を開けた。確かに、昨日と今日とでサボったらどうなるかわからない。本当にこの学校ってどうしてこうも生徒会に仕事をさせたがるのかが謎だ。実際、生徒会なんて先生の雑用仕事なんだけどね。
「あぁ、心配するな。今日1日中溜まっていた仕事やっていたから」
「はあ?」
 その言葉には全員呆れた。学校の授業サボって生徒会の仕事やっていたって何事よ。つか、そんなこと許されるわけ?学生の本分は勉強でしょうが!
「俺と成合とあの人とでやったから今日分くらいまでのは終わっているから大丈夫だって。先生にも許可貰っているからさ」
「いや、そういう問題じゃないでしょう……」
 それを許す先生もどうかと思うんだけど……とりあえず、今日は生徒会の仕事なんか抜きにしてちゃんと全部話すつもりなのでしょう。だから、その時間確保のために仕事を片付けていたのかもしれない。
「ということでさっさと乗れ。たぶん、待ちくたびれて怒っているだろうから」
「……はいはい」
 確かに、怒っている可能性は大。というより、確実に怒っていると思う。怒っていなかったらあの人じゃない。
「あ、長谷川が助手席な」
「え、なんで?」
「御指名だから」
「……御指名ってなんでりっちゃん?」
 確かに人数的にもギリギリだから誰かが助手席に座ることになるけど、どうしてりっちゃんなのかが疑問だ。別に誰だって構わないだろうし、なのにどうして指名したのかわからなかった。
「さぁな」
 アイツはその答えを言うつもりはないらしい。りっちゃんも首を縦に振って頷くと助手席に乗り込んだ。私達も後ろのドアを開けて乗り込むと聞こえてきた第一声は怒りの声だった。
「遅い」
「……文句があるなら仁美に言ってください」
「まぁ、俺を脚代わりに使うやつなんて後にも先にもお前と俺の家族ぐらいだろうから許してやるよ」
「……どうも」
 やっぱりというか予想通りと言うか……私はなんとも言えない状況だった。
「彰人さん、一体どうしたんですか?」
 そう聞いたのは誠人だ。
「うん?なーんか面白いことになっていたから俺も協力。やっぱり妹のことは知っておきたいじゃん」
 変態すぎる。というか、本当にこのシスコン根性を叩き直してやりたい。
「ってことで、行こうか。お前等、シートベルトはちゃんと閉めておけよ。あと手錠の鍵は帰ってから渡すから」
 なんか1人だけこの雰囲気を楽しいんでいるようですけど、私は頭が痛かった。
 私の兄、神野彰人。母に次いで最強の人物であり、変態でシスコンと最悪な人物でもある。

2010/6/27

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