「高志の家でいいんだよな?」
「えぇ。お願いします」
 あぁ、コイツの家なんて二度と足を踏み入れることなんてないと思っていたのに、どうしてこんなことになるんだろう。小さい頃は本当に入り浸っていたっていうくらい入っていたけど、この歳で同級生の男の子の家に入ることなんてほとんどないんじゃないかって思う。
 車が動き出すと、誰も喋らなくなってしまった。そりゃぁ、兄貴の前だから喋りにくいのかもしれないけど、今からでも話を進めてもらっても構わないような気がしたので私のほうから話を切り出した。
「で、事の説明をさっさとお願いします」
「家についてからで構わないだろう」
「別に車の中でしたって構わないでしょう」
 此処から本当に数分でコイツの家に着くことになるが、今から話をしようが、着いてから話をしようが変わりない。だったら早めにしてほしいと思うのが普通でしょう。
「仁美、少しくらい待ってやれよ。いろいろと説得材料用意してんだから」
「なんで兄貴が知ってんのよ」
 車を運転しながら、兄貴は話しかけてくる。というより、兄はもう今回の件は全部知っている様子だった。一体いつ兄貴がこの件を知るようになったのかはわからないが、兄貴まで関わってくると碌なことがないのは目に見えている。
 現にこの手錠だって変態兄貴の趣味だ。兄貴がこの件を知らなければ、手錠に繋がれることもなかっただろう。
 手錠の鎖の先を見ると隣に座っているアイツの手首に繋がっている。何度見てもその状況は変わらない。早く外して欲しいと思うと同時に、なんだかとても心臓が早く動いているようだった。なんでこんなに心音が早くなるのかわからなかった。そして早く着けと強く願ってしまう。
「うん?お前のことならなんでも知っているのがこの俺様だ」
「……相変わらずの変態め」
 こんな兄貴だから大嫌いである。なるべく関わらないようにしたいが、高校では有名すぎてそうにもいかない。入学当初は兄貴の妹ということで随分酷い目にもあってきた。何かあれば、兄貴の名前が出されるため嫌でしょうがなかった。しかも、手錠など変な道具を持っていたり、シスコンだったりと変態である。学校で兄の変態さをどれだけ知っている人がいるかは知らないが圧倒的に少ないと思う。
 完璧な兄の妹は平凡という名のポジション。確かに兄は超人で、何をやっても失敗はない。私は努力で此処まで来たけど、兄と比べられるのは一番嫌い。兄は何を言われても気にするなと言っていたがそうはいかないのだ。
 超人の妹は超人でなければならないらしい。
 両親がなんも言わなかったことがせめてもの救いだ。放任主義万歳って感じである。
「お前、俺にそんな口を聞いても良いと思っているのか?」
「滅相もございません……」
 兄は母に続いての最強である。私がうまく扱われるだけで、私へのメリットなんかなく、逆にデメリットのほうが多いのはわかりきっている。だからこそ兄には関わらないようにしている。


「ありがとうございました」
 無事にコイツの家に着き、車から降りるときに皆がお礼の言葉を言う。すると兄貴の声が車内から聞こえてきた。
「どういたしまして。律だけ借りて行くけど、構わないだろう?」
「え、りっちゃん来ないの?」
 なんかさっきまでりっちゃん来るみたいな雰囲気だったのに、車の中で心変わりしたのだろうかと思ってしまう。でも、りっちゃんは知りたがりだしそんなことないんだと思うんだけどな。
「ごめんね。彰人さんに頼まれごとされちゃって……」
 車の中で頼みごとをしている様子なんかなかったけど、何かあったんだろうと勝手に納得してしまう。
「わかった。長谷川は彰人さんから聞けばいいよ」
「うん……わかった……」
 りっちゃんは半分納得していないようだったけど、とりあえずはさっさと手錠を外したい。
「ぁ、お前等、俺たちが戻ってくるまで手錠の鍵はお預けな?」
「はぁ?!」
 私の情けない叫び声が辺りを響かせる。一体いつまでコイツとこのままでいなければならないのか考えるだけで頭が痛い。兄貴が返ってくるまではこのままってなんなのだろうか。少なくとも兄貴が返ってくるのは常々遅い。何をやっているのかは知らないが、夜遊びもほどほどにしてほしい。
「ってことで、後でな」
 すると、最後に降りた誠人が車の後部座席のドアを閉めた。そして、兄貴の車はりっちゃんを連れてその場から離れて行ってしまった。
 って、どうしてアンタ達は何も言わないのよ!!
「……あぁ、頭痛い」
 手錠で繋がれた右手首を見るといつになったら外れるのか考えるだけで頭が痛くなってくる。兄貴も自由奔放すぎて最悪である。
「ほらさっさと行くぞ」
 私がその場に固まっていたのを目にしたからか、アイツは手錠を引っ張って来た。あぁ、こんな状況で外にいるところを誰かに見られてしまったらお嫁に行けなくなっちゃうじゃない。
 アイツが引っ張ってきても私はその場を動けずにいた。気づけば実夏や誠人達は先に中に入っていってしまったようで、玄関先にアイツと私が取り残されていた。
「……悪かった。だけど、お前が大人しかったらこんなことしなくてよかったんだからな」
「あっそ……」
 そっけなく答えた。悪いと少しは思っていたみたいだったので、それだけは良かった。でも、理由の半分は私が原因じゃないの?大人しくないっていうのは昔からだし、それをどうにかしなければいけなかったんじゃないのでしょうか。
「ちゃんと誤解を解きたいんだ。お前に誤解されたままなのは絶対に嫌だからな……」
「……誤解じゃないと思うんだけどな」
 ちゃんとその様子を目撃して、達した結論がそれ以外に思い浮かばないんだからしょうがないじゃない。
「絶対に誤解だ。それ以外なんでもない。言っただろう?俺が好きなのはお前だって」
「……」
 こっぱずかしい台詞をどうしてこうも簡単にコイツは吐いてくるのだろうか。私の心臓音はさっきに増して激しく打っている。あぁ、なんでこんなやつにドキドキしなければならないのだろうか。
 私が何も返せないでいるのをみて、
「……家に入ろう。誠人たちが待っているし、ちゃんと……話すから」
「うん……」
 顔が赤くなっているだろう。それを隠すかのように下を向き、アイツの後に着いていった。今のこんな顔誰にも見せられたものじゃない。だけど、顔にある熱は引きそうになかった。
 恥ずかしいという気持ちの中でも、やっぱり気になるのは今回の件の真実だった。
 アイツは誤解というけれど、本当は何だったのだろうかと思ってしまう。もう少しでそれを知ることができる。けれど、そのあとはどういうふうにすればいいかわからなかった。
 成合さんと付き合っているのに、この状況をどう受け止めればいいか考えてしまった。

2010/7/5

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