「お前は、いつまで猫を被っているつもりなんだ?」
 私と稚香がせっかく友情を育んでいるのに、その一言が邪魔な言葉にしか思えなかった。
 猫を被っている?どう言うこと?
「ちょっと原田君……稚香の本性を見せるつもり?」
「そっちのほうが良いと思ってさ。誠人だって知っているんだから、構わないだろう?」
「田中君まで知っているなんて……稚香が自分から見せるなんて考えにくいんだけど」
 実夏は呆れていたけど、稚香は何も反応を見せなかった。アイツと誠人は何処か苦笑いしている。
 私だけ置いてけぼりで意味がわからない。本当に何時ものことだけど、私だけ置いていかないでほしい。
「あっ……あのときは、萌えるシチュエーションで……つい……」
 頬を少し赤らめながら、恥ずかしいのか、稚香は小声だった。
 というよりも、“モエ”ってなんですか?テレビなどでいっているアレですか……?
 “モエ”って、あの“モエ”?
 サブカルチャーとして有名な“萌え”ですよね……?
 私はサブカルチャーに嫌悪感はないから気にしないけど。
 人の趣向なんて人それぞれだから良いと思うし。逆にサブカルチャーは日本の経済を発展させているような気もするし。一部の政治家はそのサブカルチャーを規制しようとしているような話も聞いたけど、日本の経済潰しそうな気がしてなんない。
 ……なんか私自身の頭の中では変な方向に向かっちゃったけど、結論的には稚香はそのサブカルチャーが好きってことで良いのかな?
「はいはい、で、そのシチュエーションって?」
「いやぁ、たっちゃんと田中君が抱き合ったのを見た瞬間、滾っちゃって」
 なんか稚香のテンションが先ほどとは違うような気がする。さらに、目もギンギンに輝いている。生き生きとしているのが目に見えてわかる。
 雰囲気そのものが変わっている。
「だってだって、こういうのって滅多に見られないっていうの?二次元内ならいくらでも求められるけど、三次元になったら本当に少なくてさぁ」
 稚香のマシンガントークは続く。同意を求められたところが何箇所かあったけど、私の中ではなんのことなのかさっぱりである。
 アイツを始めとした、残りの3人は何食わぬ顔をして聞いていた。もしかすると、こうなってしまったら止められないのかもしれない。私だって、止めてほしいけど止められる隙なんか見つからない。
 これぞ、本物のマシンガントークなような気がする。そもそも1人で喋り続けるのはある意味才能なのかもしれない。
 別の意味で兄貴以上である。兄貴と比べる次元が間違っているかもしれないけれど、少なくとも私の中では兄と同類のような気がする。誰も兄を止めないように、稚香を止めない。恐ろしい。止めたらどうなるかなんて考えたくない。
 とりあえず稚香のこのトークが終わるまで大人しく待つことにした。これが稚香の本性だなんて思いたくはないけれど、実際に目撃してしまったのだからそうなのだろう。
 いつも私が証拠を出せといったことを思い出す。やはり自分で直接見なければ納得できない。“百聞は一見にしかず”だ。人の話を聞いても納得できないけど、目の前で起こってしまったのだから納得するしかない。

「ごっ……ごめんなさい。私ったら……」
 稚香が我に返ったのはそれから10分くらいしてからだ。いきなり元に戻ってしまったので私も周りも苦笑気味だ。
「もう稚香……外用っていうのかな。その性格やめて、普通に話して良いと思うよ。たぶん、今ので田中君も仁美も納得したと思うし」
 思いっきり私は納得しましたよ。
 稚香は外と内ではキャラが違うんですね。はい。学校での印象と今の印象では大きく異なって逆にこっちが動揺しそうなんだけど。
「こないだも見たけど、やっぱりすごいな……そのテンション」
 誠人の言葉から察するに、私と一緒にアイツの家に押し掛けたときのことだと思う。私が帰った後に、誠人はこのテンションハイの稚香を見たってことだろう。それとも前から知っていたってことかな?
 稚香の“萌えるシチュエーション”がなんだったのかはわかんないけど、稚香をここまでハイテンションにする何かをしたってことでしょうね。
 ……一部でそういう話を聞いたことはあるけれど、それを考えると私は決して受け入れないようなものだと思う。
「ぅ……そんなこと言われるとやっぱり無理」
「無理じゃなくて、これ以上は見せられないっていうだけだろう?」
 小声でアイツがぼそっと言ったけど、隣に居る私にはもちろん聞こえていた。そして私と逆側にいた稚香にももちろん聞こえていたらしく……
「たっちゃんは黙っていて!」
「そんなことしていて、よく疲れないなって思うけどな」
「アンタに言われたくない!この変態!」
 あぁ……また、稚香らしくなくなった。どっちが本当の稚香なのかわからないけど、会話から察するにハイテンションが当たり前なんだろうけど。学校では大人しいように見えたのに、なんだか詐欺だ。
 ついでに、コイツが変態なのは私も同感である。変態すぎる。私の意志なんか無視してキスされて、その他もろもろ……よくよく考えたら、月曜日からが恐ろしい。明日からの土日で少しは静まってほしいけどそう簡単にはいかない。
 またコイツの親衛隊の怒りやらを買ったに違いない。はたまた、クラスの男子にからかわれるのが落ち。
 少しは黙るということを知らないのかと思ってしまう。といっても、もし私が第3者だったら同じようなことをしているような気がするけれど。
「変態で結構。お前には言われたくないから」
「なんですってー!!」
 稚香は立ち上がって、上からアイツを見下ろした。二人の間で明らかに何かが燃えている。親戚なんだし、仲は良いんだろうけど、やっぱり喧嘩もするってことでしょう。
「まぁ2人とも落ち着いて。今後は生徒会活動で一緒なんだし」
「勝手に私を会計なんかにしてどういうつもりよ」
「そこはお前の力を借りたかったからだ。あんな人の青春を無くすような生徒会に優秀な人材を入れて当然だと思うけど」
 稚香も勝手だったとは。私と違って一応選挙活動はしているから、100%コイツのせいだとは言えなくとも、少なからず怒っているんだろう。
 私だって前もって分かっていれば、少なからず抵抗した。選挙活動なんかせずに、不信任で落ちるように自分で工作したと思う。でも、私の場合はコイツの指名だから、文句はコイツ以外に言えるわけがない。愚痴ならりっちゃんや実夏に言っているけど。
「本当にムカつく。お祖母ちゃんも、もういないし……少しは青春を謳歌してみますか」
「そうしろ。お前も猫かぶらずに、普通にしていいと思うけど」
「それは断る。オタクなんてばれたくないから」
「別に誰も気にしないと思うけどな……」
「気にするの!……あ、仁美。大丈夫?」
 今まで何も喋っていなかった私に稚香が声をかけてきた。突然のことで体がびくっと反応した。まさか、いきなり私にふってくるなんて思っていなかった。
「あぁ……うん、大丈夫」
 全てが突然過ぎて全部受け止めるには時間がかかりそうだけど。
「よかったぁ。本当に皆引くから、結構くるんだ」
 ……このギャップなら引きたい気持ちもよくわかる。でも、素の稚香を見せてくれて嬉しい気持ちが勝った。私の数少ない女の子の友達なんだし、私のことも全部さらけ出してもいいと思う。稚香は全部見せてくれたんだから。
「まぁ、これから頑張ろうな。生徒会四役はやたら仕事させられるからさ」
 そういうのは誠人。本当にあの学校はどうなっているか知りたい。いくら生徒の自治を認めているからって仕事を生徒会に押し付けな様な気もする。
「今までサボっていた分、頑張りますよ」
 稚香は今日1日仕事をしていたらしいけど、これからは今まで私に回って来た会計の仕事もしてくれるってことだから、仕事が減ると信じたい。
「私も頑張らないとね。委員会の仕事も多くてさ」
 実夏も本当に忙しそう。というより、生徒会で暇な人なんていないと思う。
「そうだな。俺は楽したいけど、そういうわけにはいかないだろうな」
「でしょうね。任期が終わるまでは頑張るしかないでしょう」
 ようやく生徒会四役が揃ったのと同時に、今回の騒動について反省しなければならない。皆、何も言ってこないけど、全部私が悪いで間違いない。私が1人で騒いだのが原因である。
 でも、こうやって仲間が揃うと良いなって思う。生徒会の皆は良い人だし、本当にこれからもっともっとチームワークが深まっていったらいいなって素直に感じた。そもそも生徒会には私を邪見に扱う人がいないからありがたいのもある。
 この後、兄貴が帰ってくるまでいろいろと話をした。
 今回の騒動のこと、今後の生徒会のこと、最近のニュース、噂話、その他もろもろ。結構遅い時間帯まで話をしていた。時間を忘れていたのもあるけど、どの話も楽しい話ばかりだったからだ。
 夕食は全員でコイツの家の台所を使用させてもらった。アイツの父親と母親は用事があって出かけているらしく、帰ってくるのは遅いらしい。夕食は右手が手錠で繋がれているから利き手の右手が使い難いっていうより鎖が邪魔に感じて食べにくかったけど、そこまで苦労することもなかった。アイツが私と繋がっている左手を動かさないでくれたからかもしれない。それよりも誠人までもが料理上手だとは思わなかった。実夏はイメージ的に上手そうだし、稚香も家に1人でいることが多そうだったからある程度できそうだと予想していた。まさに、その通りで私も驚いたけど。
 そして夕食後も兄貴を待った。でも、いくら兄貴を待っても兄貴は帰ってくることなく、連絡もくることなく、時間だけが過ぎていった。こっちから連絡してもメールに返信はなく、電話は留守番電話サービスに繋がる。兄貴と一緒に行ったりっちゃんも同じ状況で困っていた。
 さすがに帰らないといけない時間になって、誠人と実夏は帰っていったけど、私はアイツと手錠で繋がったままで、稚香はその様子にキャーキャー騒いでいた。
 稚香曰く、改めて鎖というのに“萌える”らしいけど、私にはその感覚が理解できずにいた。

2010/8/27

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