この状況をどうすれば突破できるかなんて考えてみる。しかし、私の低能から出てくる答えは決まっていた。 その1、兄貴を待つ。だだし、今日中に帰ってくる保証はない。 その2、手錠を破壊する。ただし、壊したあとの兄貴が怖い。 その3、コイツを引っ張って家に帰る。ただし、母に何を言われるかわからない。それに、母が暴走することは間違いないし、状況がかわるわけではない。 「あぁもう本当に鎖に繋がれるシチュエーションって最高すぎる!」 稚香1人がハイテンションで、私とコイツは何処か冷めていた。もう稚香の何をしても笑えない。逆に心が引いてしまう。身内にいないタイプだからかもしれないけど。 稚香の様子を例えるとキャンキャン吠えている犬に近い。そして私は、ただ吠えられているだけだ。 「稚香、落ち着け」 「落ち着けって言われても無理があるんだけど……あぁ、滾るわ」 稚香の後ろに漫画で言うキラキラした星が出ているように見える。稚香がこんなキャラだなんて思ってもみなかったから、やっぱり驚いてしまう。さっきは、大丈夫って答えたけど、やっぱり大丈夫じゃないかもしれない。 正直に言えば、こんなことをオープンに言う人と傍に居たくはない。 「……学校でこんな奴だってばれたら、惚れている奴は幻滅だな」 コイツがぼそっと呟いたが、それは隣に居た稚香にも私にも聞こえていた。実際、私が男で稚香に惚れていたら幻滅すること間違いない。でも、稚香ったら…… 「私に惚れている男なんていたら逆に知りたいし。そもそも、私に惚れている奴の顔が知りたいわね」 心の中で私は言った―――たくさんいます、と。 今朝の出来事を思い出す。耳に入って来た男子の声であからさまに稚香に想いを寄せる人物はいた。あえてそれが誰かなんて口には出さないけどさ。 「で、仁美はどうするの?そのままじゃぁ、家にも帰れないし……」 「そうなのよねぇ……」 兄貴が帰ってことないと外れない手錠をどうするべきか。それが一番の問題である。しかも、服装は制服で下手をすれば皺だらけの制服になってしまう。アイツは涼しげな顔をしていたが、私にとっては大問題だ。 親に連絡を入れていないのはあからさまにからかわれるってわかっているからだ。でも、コイツの家にいるってことだけは連絡をした。すると母は何故か喜んで、泊まっていってもいいからねとか言っていた。普通、年頃の男女が泊まるってどういう意味かわかっているのかと疑問に思ってしまうのと同時に頭が痛い。 リビングでとりあえず座って話をしていた。テレビを見る気にもなれなかったし、こんな状況で勉強ができるわけもなかったからだ。 稚香だけ制服から着替えたけど、私とコイツは制服姿のまま、ずっと過ごしている。定期的に兄とりっちゃんに連絡を入れているけど、未だ連絡を得られなかった。何か事件に巻き込まれたのかとも思ったけど、あの2人のことだからわざとでないようにしているに違いない。 ……って、アレ?どうしてそこで“わざと”なんて思ってしまったんだろう。一瞬考えたが、答えは出てこなかった。 コイツと繋がれているこの状況は、ハッキリ言って迷惑なんだけど―――時間が長くなるにつれてドキドキしているのがわかる。理由はわかっている。でも、認めたくない。 それに、長時間コイツと鎖で繋がれていたなんて学校にバレてしまったら、胃が痛くてしょうがない。実夏や誠人、稚香は喋らないと思うけど、りっちゃんと兄貴がどうかがわからない。兄貴は卒業しても未だに強いパイプを持っているから、兄貴の話も学校でしょっちゅう聞く。知りたくもない兄貴の女関係なんて頻繁にあがる話題だ。だから、逆に兄貴が話したことが学校に広がるのはわかっている。兄貴も面白がっていたし、どうなるかなんて想像できるわけがない。 そもそもコイツが手錠なんかで繋ぐのがいけないんだ!私は何処にも逃げはしない……っ!いや、逃げるかもしれないけど。嫌なことから眼を背けたい人間ですからね。 「……彰人さん、遅いな」 「そうね……」 「というより、本当に帰ってくるのかしら」 時計の針は22時を回ったところ。いい加減連絡があったって良いのに、その気配さえない。もう喋る気力もなくなってきていた。幸いなのは明日が休みなこと。明日も学校だったら予習やら課題やらを片付けなくてはならないからだ。 それよりも、稚香のいうように帰ってくるかが怪しくなってきた。りっちゃんと一緒だから安心していたのかもしれないけど、兄貴の無断外泊なんていつものことだけど、親も親で何も言わないから黙認状態だから、もう今日は帰ってこないかもしれない。 私のこともあまり気にしていない親だから、このまま朝まで泊まるっていうことにでもなったりしたら私が泣きたくなってくる。コイツと朝まで手錠で繋がれたまま1晩なんて過ごしたくない。いくら稚香が居るっていっても、私とコイツが繋がっている手錠を外すには兄貴が持っている鍵が必要なわけで……あぁ、もう何も考えたくない。 精神的に追い詰められている。それは私だけじゃなくて、まさかこうなるとは思っていなかったアイツも同様らしい。稚香も稚香で、何か疲れているみたいだ。 アレ?此処に私がいなかったら、コイツと稚香はこの屋根の下で毎日過ごしているってことだよね……?コイツの親衛隊が知ったら、絶対に羨ましがるに違いない。それと同時に、稚香まで私と同じくリンチ対象になってしまう。……まぁ、クラスの皆にどういう風に説明するかなんて知らないけど、これはこれで問題になるに違いない。でも、親戚だからという理由で片付くか…… 「……本当に悪かったな」 「え?」 「お前の勘違いが原因だけど、手錠とかさ……彰人さんに完璧に乗せられたわ」 「そうよね。コレ持って行けって言われて、素直に受け取るたっちゃんもたっちゃんだと思うけど」 そりゃぁ、兄貴に逆らうなんてできないからだと思うけど。 「しょうがないだろう。だったら、稚香は彰人さんに逆らえるのか?」 「無理!あの伝説の神野先輩に逆らおうとは全く思いません」 「ほらみろ……あの人に逆らえる人なんて、美輪先輩と両親くらいじゃないのか?」 「私もそう思う……」 兄貴に逆らおうとする命知らずの人間なんてほとんどいなかった。その例外が、私が知る限りでは美輪先輩だった。さすが兄貴の親友。只者ではない。 すると、誰かの携帯のバイブ音が響き渡った。それはアイツの携帯だったみたいで、すぐさま誰からか確認する。 兄貴来い、兄貴来いと強く願ったがその願いは叶わなかった。 「……なんでこの人から?」 「誰からだったの?」 携帯画面を開いたまま、固まっていた。その様子から兄貴ではないと分かって少し残念だけど、そんなに意外な人からメールをもらったのだろうか。 「美輪先輩……」 「へぇ……って美輪先輩?」 噂をすればとかいうけれど、どうしてこんなタイミングで先輩からメールが来るのかなんてわかるはずがない。それよりも、美輪先輩からのメールってなんだか恐ろしいのは気のせいだろうか。関西の大学にいるのだから、今私達がこんな状況なんてことは知る筈もないのだ。まぁ、兄貴が面白半分に喋っているのだったら別だけど。 「で、美輪先輩からなんて書いてあるの?」 「……それが」 何処か落胆した声で、喋ったコイツの内容に私はブチ切れそうになった。美輪先輩が悪いわけではない。悪いのは全部糞兄貴だ。 2010/9/21 Copyright (c) 2010 Akari Minaduki All rights reserved. |