「馬鹿兄貴、ちゃんと考えて行動しろ……」
 言葉遣いがいつもにまして酷い。もう私の中には怒りのエネルギーしかない。怒りで震えている私をみて、アイツは横で一息ついていた。稚香は稚香で何も喋らない。この状況で落ちついていられる理由が知りたい。
 アイツが喋った内容が信じられなくて、携帯を奪って直接メールを読んだ。

『久しぶり、突然のメールでごめんね。今、こっちに帰って来ているんだ。それで高校時代の友人と一緒に飲み会ってことになっちゃってね。もちろん、彰人も一緒だったんだ。心配しなくても、アルコールは入ってないから。俺の前でそんなことさせないから安心して。まぁ、普段がどうかは知らないけどね。それに今日は彰人、車で来ていたから飲もうにも飲めなかったんだけどね。……で、皆と解散後、彰人とは俺の家で話をすることになってしまって……彰人のやつ、寝てしまったんだ』

 人様の家で寝てしまっただと……?美輪先輩のメールを見る限り、お酒は入っていなかったみたいだけど……実際はどうなんだろう。まぁ、兄貴達は未成年とはいえ、大学生で飲み会とかではお酒を飲む機会が増えているのは事実。とはいっても、兄貴はお酒が強いみたいでお酒で潰れたとは考えにくい。
 なのにどうして寝てしまったの?それに、りっちゃんはどうしたっていうわけ?いくら連絡いれても返って来なかった理由のわけがわかんないよ!

『ここ数日の仁美ちゃんと君のことも聞いちゃったし、彰人が手錠使って仁美ちゃんと繋がった状態で放置してきたって聞いたから一応メールしておこうと思ってね……あと、長谷川さんならちゃんと送っていったから心配しないで。彼女、携帯忘れたみたいで気づくのが遅くなってしまって、遅い時間まで付き合わせて悪かったよ』

 とりあえずりっちゃんのことも書いてあって安心する。りっちゃんに何かあったら兄貴の責任だし、申し訳なく思ってしまう。アイツの話でりっちゃんは無事に家に帰ったとは聞いていたけど、連絡がなかった理由なんて喋らなかった。そんなところも含めてしっかり喋ってほしかった。
 それよりもどうして美輪先輩に話す必要があったのか謎だ……そんなに妹のことを喋りたいのか。シスコンが……っ!
 りっちゃんのことも大事だけど、それより兄貴は寝た後、その後どうなっているのか教えてほしい。アイツの話では寝ているから泊まるということだけだ。
 嫌な予感がしながらも、恐る恐るスクロールさせた。
 アイツの話では、兄貴が寝ているから、そのまま美輪先輩の家に泊まるということだった。
 そんな馬鹿げた話……いや、冗談で話しているに決まっていると信じたかった。普通だったら起こすところだと思うんだけど。だからこそ、携帯を奪ってメールを見ている。アイツも携帯を奪われて何も言わないでいるところを見ると、本当の可能性のほうが高いけど、信じたくなかった。だってだって、兄貴が帰ってくるまで制服のままでコイツと手錠で繋がれっぱなしっていう状況をどうしろっていうのよ……アイツの親に見られたら死んでしまう。帰ってくる前にどうにかして手錠を外して家に帰りたい。

『彰人は1度寝るとなかなか起きないから、今日は俺の家に泊めさせるよ。おばさん達にも連絡しているから心配しないで』

 ……今日中に戻って来ないことは確定。美輪先輩が嘘をつくなんてありえない……と思う。素直に受け止めるしかないのだろうか。
 それよりも、手錠について何も触れていないのは何故だ。私とアイツが手錠で繋がっていることは分かっているのに、どうして何も書いてない。
 原因は兄貴だけど、美輪先輩のメールにも手錠に関して書いていないことに憤りを感じてしまう。
 これでメールが終わりだと思ったら、横のスクロールバーはまだあった。不思議に思って、スクロールしていくと最後に1言書かれてあった。

『追伸、手錠のことだけど無理やり壊すと後で彰人が怒るからそのままにしておくのが一番だと思うんだ。制服が心配なら、お下がりだけど俺が持っているし、仁美ちゃんのもどうにかして手に入れるから今日は頑張って乗り切って』

 ………………。
 ちょっと待って!つまり、これは……兄貴が戻ってくるまで手錠で繋がれていろって事ですか?
 無理やり壊してもOKって美輪先輩が言ってくだされば、今すぐにでも無理やり壊すことができたのに……やっぱり、美輪先輩でも兄に逆らうのは無理なのか。
 あぁ、なんだか泣けてきた。どうしてこうも私は嫌なことばかりが次々と起こるのでしょうか。
「……仁美、大丈夫か?」
 私が沈んだのがわかったのか、アイツが声をかけてきた。
 大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど、どうしようもないこの感情を何にぶつければいいかがわからない。
「ねぇ、美輪先輩の携帯番号入っている?」
「あっ……あぁ」
 返事を聞いた瞬間、携帯を操作して美輪先輩に電話をかけた。
 まだメールが来てから数十分しか経ってない。24時も過ぎていないし、電話に出てくれる可能性は十分ある。関西からこっちに戻ってきた疲れとかがあるかもしれないけど、飲み会に参加するぐらいならそれだけ元気ということだ。
 呼び出し音が聞こえる。アイツと稚香は私の様子を見て何も言わない。
 私が何をしているかわかっているからか、それともただ見ているだけなのか……どちらなのかわからなかった。
 それにしてもこうやって2人並ぶと微妙に似ているのに気づく。学校じゃぁ、あまり気づかなかったけどやっぱり血縁関係なんだとまじまじと感じてしまう。稚香は律とも血縁関係だけど、そこまで似ていないなって改めて思った。
「何の用?高志君」
「……お久しぶりです、美輪先輩」
 電話に出た美輪先輩は昔と変わらなかった。いや、1声聞いただけで先輩が在学中だったころを思い出してしまう。
「仁美ちゃん……」
 先輩は私のことをちゃん付けで呼ぶ。それは、幼馴染の名残からかもしれない。やめてほしいとは思わない。けれど、あまり呼んでほしくない。
 ……良い思い出はあまり残っていない。
「馬鹿兄貴、叩き起こしてくれませんか?」
 用件だけ付きつける。兄貴を泊めてくれるのはありがたいけど、折角帰って来たんだから家族水入らずというかなんというか……とにかく、先輩には迷惑かけたくなかった。
 それもあるけど、手錠のことについてどうにかして問いたださなければ……!
 良く考えてみると、兄貴の部屋に鍵が置いてある可能性が高い。
 兄から鍵の在り処を聞いてしまえば、この状況を打破できる。どうしてこの可能性に今まで気づかなかったのか情けない。
 兄の部屋には鍵がかかっている。でも、無理やり壊してしまえば……いや、それは怖いからやめておこう。母にこの姿を見せるのは嫌だけど、兄貴が母に万が一のときのために渡しているスペアキーを手にいれれば、全て解決するはずだ。
 そのためにも兄貴をすぐさま叩き越して、鍵の在り処を聞き出す必要がある。
 さっさと起きろ!この馬鹿兄貴!
 美輪先輩はなかなか返事をしてくれなかった。

2010/10/4(加筆:2010/10/16)

Copyright (c) 2010 Akari Minaduki All rights reserved.