美輪先輩が何も返してこない。沈黙が続いている。兄貴を起こしてくれているのか、それとも何も答えられないのか―――または、電話中なのに寝てしまったとか?話した感じだと眠たくなさそうだったけど、寝ていたところを起こしてしまってそのまま寝てしまったとかも考えられる。早く何か喋ってほしい。
「……先輩?」
 待ちきれなくなって、先輩を呼んでみる。1分近く何も喋らず状況だったので、稚香とアイツも不思議そうな顔をしている。
 ……呼びかけにも応じない。やはり寝てしまったのだろうか。美輪先輩がそんなことをするなんて思わないけど、返事がないところを見ると寝てしまわれたのかもしれない。諦めて電話を切ろうとしたら、ようやく声が返って来た。
「黙っていてごめんね。彰人のやつ起こそうにも爆睡中だし……アイツ1度寝るとなかなか起きないの仁美ちゃんが1番わかっているでしょう?」
「それは重々承知の上で、蹴って叩いて甚振って構いませんので、無理やりでも起こしてください」
 熟睡した兄貴がそれぐらいで起きるかは疑問だけど、兄貴を起こさない限り自由がやってこない。
「……今、それ実行していたところなんだけど、起きる気配全くなくてね。ごめんね」
「だったら先輩が手錠を壊す許可ください」
 美輪先輩を味方につければ、後からのことなんて怖くない。兄貴だって、美輪先輩が良いって言ったからって言えば、許してくれると思う。何故か昔から兄貴って美輪先輩にだけは優しいから。
「それはできないから」
「……どっ、どうしてですか?」
「だっておもしろいから」
「……へ?」
 今なんて返って来た?『おもしろいから』って返って来た?先輩も私達で遊んでいるつもり?
 兄貴は確実に私達をからかって遊んでいるに違いないけど、先輩までそんな人だなんて思いたくない。というより、信じたくない。
 先輩は優しくて、母を除いて兄貴に唯一立ち向かえる人物だと思っていたのに……!
 先輩も私で遊んでいるのですか?
「心配しないで。明日の朝一番に連れて行くから」
「いや、そうじゃなくて……!」
 ……先輩ってこんな人だったっけ?私の記憶の中にいる先輩とだいぶ違うんですけど!それに朝一番っていっても、何時にやってくるかわからないし、それに今日はこのままどうすればいいんですか?アイツの親だって返ってくるに決まっているでしょう?この説明をどう説明しろというの!!
 もう頭の中がパニック中である。私の様子を見ているアイツも稚香も驚いているようだった。
「心配しないで。朝9時に高志くんの家に行くから。じゃぁね、おやすみ」
「って、先輩!!」
 私の声が向こうに届いたかなんてわからない。
 通話は切られた。
「……先輩の馬鹿ぁ」
 信じていた先輩に裏切られた気分だ。先輩ならこの状況を打破できると思ったのに……こうなったら鍵の在り処を探すしかないような気がする。それとも明日まで待つか。でも、お風呂に入りたい。トイレはずっと我慢しているというより、行きたくても行けない状態だから何も感じていない。でも、行きたくなったらどうすればいいんだろう……
「もう諦めろ、彰人さんが帰ってくるまでの我慢しろ」
「なんでアンタはこうも楽観的捉えているのよ!!」
「好きなやつと一緒にいられるなら、俺はどんな手段だって使うよ」
「……っ!!」
 またコイツはとんでもなく恥ずかしいことを言いやがって……!今、顔が絶対真っ赤になっているに違いない。こんな恥ずかしい台詞を簡単に吐くやつがいるなんて信じたくない。少女漫画とかじゃないんだから、現実にあり得るなんて考えたくない。
「アンタは何でそんな恥ずかしい言葉をどうしていつも簡単に言えるわけよ!」
 絶対私が男でも恥ずかしすぎて口に出すのも嫌だ。なのにいつもコイツは言う。
「別に恥ずかしくねぇし。何度でも言ってやるよ。……好きだ、って」
 ドクンと心臓が跳ねる。
 コイツのことなんか別に好きじゃない。好きなわけがない。ただのお隣に住んでいる幼馴染でそれ以上に発展するわけがない。
 なのにどうしてこうもいつも胸が締め付けられる。
 ……恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
「……ぁ」
 顔は確実に真っ赤になっている。視線を合わせる勇気がないため伏せ見がち。手錠で繋がれているから、少しでも動けば相手に動作がつたわってしまうのはわかっている。
 心臓の鼓動がバクバクと激しくなっているのがわかる。今までにも何度かあったが、それ以上に激しい。
 コイツ相手にこんなことになるわけがない。でも、今は心臓の鼓動が激しくなっているのは明らかだ。否定することもできない。否定するなら、なんて否定すればいいかもしらない。言葉を返すこともできない。言葉にしようとしても、声が掠れてしまう。
 何を言おうか迷っていると、稚香が私とコイツとの空気を断ち切った。
「あぁあ!!良いわね!!!!なんか使い古された感があるけど、やっぱり王道は王道でいいわぁ!!」
 ……稚香の反応は予想外だった。いや、突然こんな態度を取られても何も言えないし、理解しがたい。正確に言うと、頭では理解しているつもりだけど、まだまだすぐに受け入れるには時間がかかりそうだ。
 でも、稚香の言葉で元に戻った気がする。私とコイツとの間に流れていた空気もいつものものに戻った。それだけはありがたかった。
「稚香、うるさいから少し黙れ」
「私は外野だと思って、このまま仁美を口説いて良いよ。そっちのほうが面白そうだから、今からずっとたっちゃんは仁美に愛の囁きを上げて」
「何、ふざけたこと言ってんだよ」
「照れなくていいよ。それとも、私がいること忘れてた?」
「……うるさいから、お前は黙っていろ」
「えー、もっと言ってよ。もう何も言わないから、心の中ではぁはぁ言っているから」
「……少しは自重しろ」
「自重は無理です」
 私だけ置いていかれているけど、この会話に入る勇気なんてあるわけがない。やっぱり稚香のギャップについていけない。すぐさま、これを受け入れろってことが無理なのかもしれない。いや、100%無理だ。
「二人ともそんなことはどうでもいいから、これからどうすればいいか考えてよ!!」
 コイツが喋っている恥ずかしい言葉なんか無視だ、無視!それよりも、この手錠をどうすればいいか考えないといけない。といっても、大人しく明日の朝まで待つしかないような気もする。
 コイツの家に泊まることになることよりも、制服に皺が出来てしまうことに懸念を感じていた。

2010/10/16

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