「ただいま、遅くなってごめんね。稚香ちゃんと高志、起きている?」
 玄関から聞こえてきた声に私は体を震わせた。やばい、コイツのおばさんが帰ってきてしまったみたい。
 全く問題が解決していないのに、こんな姿を見られるのは避けたかった。絶対驚くに決まっている。いや、逆に私の母と同じで喜ぶ可能性もある。付き合いが長いからか、おばさんも母に似ているような気がしてならない。
 私達がいるリビングに近づく足音が聞こえる。来なくていい、夢だ、幻だ―――現実逃避を頭の中で実行するけど、時は既に遅かった。この場から逃げたいと思っても、手錠で繋がっていて逃げられるはずもなかった。
 扉が開かれるとおばさんは固まっているかのように、私達を見下ろしていた。
「おかえり、母さん」
「お帰りなさい。おばさん」
「……お邪魔してます」
 はっきり言って、こんな時間までお邪魔しているのって迷惑なのはわかっています。さらに、息子さんと手錠で繋がれている状況に驚くのも当然だと思います。でもこれはこれは、私の兄が原因で説明するのが面倒なんですが……
 何か聞かれてきたときのために、頭の中でどう答えるかシュミレーションしてみた。私のほうが慌てている。それに全然説明していない。なんて説明すればいいのか頭の中で浮かんでこない。
「元気している?仁美ちゃん」
「ぁ……はい」
 母が勝手に開催するパーティなどなどで会う機会も多いが、こんなところを見られたくはなかった。母達の影響で既に免疫が付いているかもしれないけど、私にかける声の第一声がこれだなんて思わなかった。もっと手錠とかについて言及してくるんじゃないかと思ったけど。
 手錠はタオルなどで隠してはおらず、そのままの状態。すぐに目が入るはずなんだけど。
「お父さんは急な仕事が入っちゃって九州に行ったから」
「そっか」
「で、なんで高志は仁美ちゃんと手錠で繋がっているのかしら?」
 う……早速聞いてきた。やはり大人の対応とかいうやつで、始めは挨拶的なものだったのかな。
「なーんて、言うとでも思った?この馬鹿息子」
「全然思ってないさ。どうせ母さんのことだから、ギャーギャー騒ぐに決まっていると思ったし」
 へ?
 今、コイツなんかおかしなこと言わなかった?おばさんが騒ぐだなんて、私の母親じゃぁあるまいしあるわけないじゃない。
 ……とか、一瞬でも思った私が間違っていた。
「もう!!こんなことになっているなら、急いで帰って来たのになんでこんなおいしい状況を言わなかったのよ!!」
「母さんが騒ぐからに決まっているだろう」
「あったりまえでしょう!!未来の嫁と息子が手錠で繋がるなんて二度とあるもんじゃないでしょう?」
 ……はい?
 それに今、“未来の嫁”とか何か誤った認識していなかった?
 ……それよりもおばさんが私の母が起こしそうな反応を見せるなんて思いもしなかった。母に侵されたに違いないとしか思えなかった。
「夜なんだから、静かにしていないと近隣から苦情が来るぞ」
「なんだかもったいないわね。あ、仁美ちゃんのお母さんは知っているの?」
 私のほうに顔を向けて聞いてきた。
「たぶん、知らないと思います」
 コイツの家にいるとは言っているけど、そこまで言っていない。兄が言っているなら別だと思うけど、兄が言っているとしたら押し掛けてくるに違いないのだから。
「なんだかもったいないわ。絶対喜びそうなのに」
 私はそれが嫌でたまらないんですがね。コイツの母親までもがこんな感じだなんて思わなかった。もっと慌ててどうするべきか考えるというかそんなのを予想していたのに、ちょっぴり期待外れだ。
 それよりもとっても嫌な方向に向かっている気がしてならない。
「今からでも遅くないわね、仁美ちゃんのお母さんを呼びましょう!」
「呼んでどうするんですか?」
 なんとしてでも阻止したいが、こんな夜中に呼び出して何をするとでもいうのだろうか。
「朝までどんちゃん騒ぎとかどう?」
 絶対に嫌だ。
「……あのこの手錠を外そうとは思わないんですか?」
「面白いから思わないわね」
 ……どの人も似たようなことを言うなんて。私は玩具じゃないのよ!!しかも、横にいるコイツはもう呆れた顔で何も言わない。親の性格をわかっているからだとは思うけど、どうにか阻止しようとは思わないわけ?
「母さん。俺達寝たいんで、手錠壊す許可ください」
 アレ?なんかさっきとは違ったこと言うのは気のせい?それとも母親がうるさいから、この状況を打破したいと思ってくれたってことでいいのかな?
 確かに親の許可を取ってしまえば、兄貴なんて怖くない。いくら兄貴でも年上の言うことは聞くだろう。いや、兄は聞かないかもしれないけど。
「高志が大人しく壊さないでいるのは、その手錠の持ち主は彰人君だから?」
「……そうだけど」
「だったら、お母さんも無理かなー。彰人君には逆らえないもの」
 言葉が悪いけど、あの兄貴、年上までも手玉にとっているのか。兄貴に逆らえるのは私の母だけなのか。はっきりいって父は頼りない。完璧に母には尻敷かれているのは間違いないし、母と兄がタッグを組めば、誰も逆らえない雰囲気を出す。
 絶対兄貴は母に似たんだ。じゃないと兄貴と母の感覚が同じだなんてことはないはずだ。
「なら今日はどうやって寝ればいいんですか。それにお風呂とかも……」
 そう言ったのは私だ。子供の私には存在しない知識をもしかしたら分けてくれかもしれないと甘い期待をしたのが馬鹿だった。
「お風呂くらい1日入らなくても死にはしないし、制服のままで寝たらいいじゃない。制服の皺なんか気にしている場合じゃないでしょう。授業中に机の上で寝ている子とかよりかはボロボロにならないわ」
 いえ、絶対にボロボロになります。そんな突っ込みは入れず、私はどうしようか考えた。このままの展開ならば確実に今日はコイツの隣で寝る羽目になる。そんなことは何があっても絶対に避けたい。ならば、こうするしか方法はないだろう。
「わかりました。なら、母を呼んで朝までどんちゃん騒ぎしてください」
 こうなれば、1日中起きていよう。そうすれば何も問題はない。トイレとかの問題もあるけど、今はそんなことではない。何があってもコイツと同じベッド、または布団で寝たという事実を作らない方法を実行するまでだ。
 そんな情報が何処からか流れたら、学校でさらなる嫌な予感がしてならないのだ。これくらいは許してもらいたい。
「ちょっと、仁美……?」
「今日は絶対に寝かせないわよ。絶対に」
 既成事実みたいな誤解を与えるようなことをやってなるものか。
「あぁ、なんだかおもしろくなってきた」
 稚香は横で他人事のように見ていた。全然おもしろくないけど、明日の朝までなんとしてでも寝ない。
 絶対に乗りきってやる!早く朝もとい兄貴よ、やってこい!!

2010/10/31

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