「……仁美、起きろって」
「ん……」
 自分を呼んでいる声が聞こえているのに、とてもじゃないが起きれそうにない。まだ眠くて目を開けるなんてことができなかった。
 でも、呼ぶ声と私の体を叩く強さはどんどん大きくなっていく。そんなの知らない、と勝手に決め付けて無視することにした。
 私の意識はまだ夢の世界と現実の間で行ったり来たりで完全に覚醒してはいなかった。
「高志、いい加減起こせ」
「無茶言わないでくださいよ」
 夢の中にまで兄貴とアイツの声が聞こえてくる。なんか意地でも私を起こそうとしているみたいだけど、とてもじゃないけど無理でしょうね。
 やっぱり徹夜なんかするんじゃなかった。これも全て兄貴が原因だ。
 ってことで、おやすみなさい。誰も私を起こさないでください。ゆっくり寝かせてください。
 そう願っていたのに、私の期待は意図も簡単に裏切られた。
「よし、眠り姫には王子のキスだ」
 馬鹿兄貴がおかしなことを言うのは何時ものことだ。眠り姫なんて存在しない。
 眠り続けるお姫様なんておとぎ話でもなければいないのはわかっている。そんなファンタジーが存在するなんて私は信じない。そもそもどうしておとぎ話は王子様のキスでお姫様は目覚めるのだろうか。別に王子と限定しなくてもいいんじゃないかっていつも思う。
「……彰人さん、本気で言っているんですか?」
「おぉ!仁美が許さなくても俺が許す!高志、行け!」
「って、俺ですか?」
「当たり前だろう!俺は寝込みを襲う趣味はない。ましてや、妹を襲う趣味はない」
 嘘付け!妹をいつも虐めて楽しんでいるくせに!
 すると、近くに人の気配を強く感じるようになる。まさか、あの馬鹿野郎が本気でキスなんてしようとしているのか。
 このまま寝ていたいけど、これ以上は学校生活が悲惨になるようなことはしたくない。
 もしかしたら起きるタイミングを既に間違っているようにも思えたけどなんとか起きようと、完璧には覚醒していない頭を無理やり起こそうと横になっていた体を起こした。
「アンタ、何しようとしてんのよ……」
 顔の近くまで来ていたアイツの頭を叩いた。よく見ると手錠は外れていた。寝ている間に兄貴が外してくれたに違いない。
「起きていたなら素直に起きればいいんだよ」
「答えになってない!」
 これ以上問い詰めても無駄だと思いつつも一応聞き返す。此処で普通の女の子なら、寝起きを見られたとか普通は慌てるところなんだろうけど、そんな風に思うほど私は軟じゃない。子供のまま成長していないからと言われればお終いだが、別に気にしない。寝起きを見られても減るもんじゃあるまいし。逆にどうして騒ぐのかが私にはわからなかった。
 アイツは何も言わずに、私の傍から離れて行った。一体何だっていうのよ。というか、此処何処よ?
 車の寝ていたことを思い出して、アイツが出て行ったドアから私も外に出てみた。
 目に入って来た景色は、川だった。何処かの山の中だろうか、虫の鳴き声も聞こえてくる。その様子に、まさか本当にキャンプをする気なんじゃないかって不安に思えてきた。
 キャンプが嫌いというわけじゃない。ただ季節が少しずれているような気がするだけだ。でも、その意見は先ほど兄の権限にて却下されている。キャンプを取り消すなんてもうほとんど不可能に近く見えた。
 仮にキャンプをするにしても、制服姿のままで行うのは間違っている。
「何、ボーっとしてんだよ」
「してないわよ!」
 アイツの姿を改めてみると、制服姿じゃなくジャージ姿になっていた。確かに、車の中で眠る前までは制服だったことは覚えている。そもそも手錠で繋がれていて、着替えるなんてことはできなかった。なのにアイツだけいつの間にか着替えてやがる。
「そう。お前もさっさと制服から着替えろよ」
「どうやってよ!」
 体1つで無理やり車に乗せられたから何も持っていないのはわかりきっているはずなのに。いや、待って。私を無理やり連れてきたのって確か……
「そんな心配しなくてもお前の服くらい俺が用意しているって」
「……兄貴」
 そうだ。血縁者である兄が無理やり連れて来たのだ。兄が用意しているはずである。ましてや、アイツにとって兄は先輩であり、幼馴染であるのだから何かしらの用意はしてきてあるはずだ。
「心配しなくても母さんにも高志の小母さんにも許可もらっているから」
「だからってねぇ……」
 許可っていうかちゃんと話を通していることには感謝するべきことなんだろうけど。
 だって、何も言わずに出てきてしまったら完璧に家出とかになっちゃうし……もしも、何も言わずに私達が消えていたら世間的にどういう扱いになるんだろう。考えたくない。
「聡がこっちに戻ってきているから、ぱぁって騒ぎたくてな」
「だったら、私たちじゃなくて同級生を呼べばいいじゃん……」
 わざわざ後輩である私達を呼ぶ必要なんて何処にもない。騒ぎたいなら同級生のほうが騒ぎやすいだろうし、久しぶりに会えば話も盛り上がると思うのに、どうしてわざわざ後輩を4人も連れて来たんだろう。しかも、女子3人に男1人……人選間違っているような気がする。アイツはわかる。美輪先輩とは仲良かったし、私も兄が良く家に連れてきたからそこそこ仲も良い。だけど、りっちゃんと稚香は?何か特別な接点があったんだろうか。あ、でもりっちゃんは昨日美輪先輩と会っているんだっけ……あぁ、考えるとまだ寝ぼけているせいか頭がうまく回ってくれない。
「それがほとんど県外行っているし、県内にいる奴等に連絡とったけどどうしても都合が合わなくてさ……」
「……本当?」
 兄のことだ。嘘なんて当たり前。作り話である可能性は限りなく高い。
「俺を信じないってか?」
「滅相もございません……」
 兄を怒らせたくはない。兄を怒らせたらどうなるかなんて考えたくない。でもその前に兄にやっておかないといけないことがあるのを思い出す。
 相手が油断している今だからこそしておく必要がある。今を逃したら出来なくなる可能性のほうが高い。
 手を握って兄目掛けて渾身のストレートを放った。
 いつもなら避けられる。でも、こんなに油断しているならば当たるかもしれない。
 私の予想通り、珍しく拳は兄に当たった。
「痛っ、何すんだよ」
「車の中で言ったでしょう。1発殴るって」
「今やるか普通?」
「今やらなかったらできないでしょう?」
 兄には敵わない。わかりきっている。でも、兄に対して反抗したいことはたくさんある。だからこそ、反抗できる時には対抗する。
「まぁいっか。お前の荷物は律に持たせてあるから、律からジャージ貰って来い」
「……わかった。それより此処何処?」
「キャンプ場。心配するなって、明後日には帰るんだし」
 明後日?私の時間感覚が正しくなかったら今日は土曜日。帰るのが月曜日ってどういうこと?月曜日は普通に学校なんですけど。えぇ。何を言われるか全く想像できないくらい恐ろしいことになりそうで嫌なんですが、休みじゃなかったはず。もしかして、朝早くに帰ってきて……いや、それよりも日付が変わる瞬間に帰ってくるとかそういうのだろうか。
「仁美、顔が百面相しているぞ」
「え、だって……学校は……?」
「月曜は休日だろうが。予習なんかの心配しているのか?お前は本当に真面目だな」
 兄はそう告げると何処かに行ってしまった。
 取り残された私はよく考えてみる。休日だったのだろうかと。確かによくよく考えてみると祝日になっていて3連休であったことを思い出す。学校に行くのが1日ずれて嬉しいと一瞬と思ったけれど、結局は時間が延びただけで何も変わらない状況だ。
 とりあえずは急にキャンプをすることになったけど、本当に大丈夫なのだろうか不安になってくる。
 手錠はどうにか外れたけど、一体いつから兄がキャンプなんて計画をしていたのかも謎だ。そもそも昨日飲んでいた仲間と一緒にくればよかったのに、どうして私達を連れて来たんだろう。
 兄の考えていることなんてわからない。いや、知りたくもない。
 ときどき思うことは、本当に私と血が繋がっているのかということ。でも、母にそっくりなのだから血は繋がっているんだろう。

2011/1/16

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