制服から着替えた後、キャンプらしく準備を始めた。
 兄貴を見ていると本気でキャンプを行う様子のため、とりあえず昼食をりっちゃんと稚香の3人で作っていた。
 といっても、料理はからっきし駄目な私は、雑用に回っていたのだけど。
「それにしてもどうして私まで……」
 調理中に稚香が溜息をついた。たぶん、私とアイツと一緒に無理やり車に押し込んだからだ。原因は兄だが、実の妹として兄を止められなかった私にも責任がある。
「ごめん、兄貴が強引に連れてきて」
「あ、仁美が悪いんじゃないよ。ただ、場違いって感じで……」
 語尾を濁すと稚香は何処か遠くを見つめていた。稚香がいう場違いというのに申し訳なく感じた。きっと、兄貴の存在が問題なのだろう。これ以上言うのもなんだか申し訳なく思った。
「本当にごめんね。まぁ、あんな兄貴なんかに恐縮することなんて本当にないからね。ぶん殴って良いからさ」
 自分で言うのもおかしいけれど、私と母さん以外は兄貴に甘い。暴力反対などそんなの関係なしに、いっぺん皆殴ればすっきりすると思う。兄を恨んでいる人は多いらしい、また逆に尊敬している人も多いらしい。
 兄貴の友人は普通に接していたけど、周りの同級生やら下級生やらからは崇められていたのを思い出してしまう。いや、何故か上級生にも尊敬されていたような気もする。
 そもそも兄がいくつもの伝説を残し、卒業して行ってしまったのだからその皺寄せが今現在も続いているのかもしれない。
 とにかくあの兄貴の伝説は今でも武勇伝のように語り継がれていて……稚香みたいに、兄貴と関わりがあまりなかった一般生徒(?)にはこの状況は受け入れがたいのかもしれない。
「いや、さすがにそれはできないかな……」
「ホント気にしなくていいからね。先輩がいるから、兄貴も変なことして来ないとは思うけど」
「あははは……」
 稚香は苦笑いをして作業を再開した。
「で、りっちゃんも兄貴に無理やり?」
「あー……まぁ、そんなところ」
 声色から怒っていることが容易にわかる。その証拠に、りっちゃんのいつもの華麗な包丁づかいが私から見ても酷く荒れていた。
 包丁を振り降ろす音はリズミカルではなく、何処か恐ろしい音楽を奏でている。これは何かあったのではないかって思えるほど怒っている。中学からの付き合いだけど、此処まで怒ったりっちゃんをはじめて見た。
「りっちゃん、どうしたの……?何か、怒っている?」
「別に」
 りっちゃんはそう言いながら包丁をまな板に降ろした。そのときの音がこれまた怖いのなんのって……これ以上は触れてはいけない領域の様な気がして自分の作業に戻った。
 雑用といっても、何かと楽しい。あぁ、夏休みはずっと自分の部屋に引きこもっていた分、アウトドアなことをしていなかったからかな。なんだかとっても楽しい。
 些細な作業でもこんなに楽しいなんて、遊びにきたかいがあるのかもしれない。……正確には無理やり連れて来られたが正しいけど。
 ちなみに男どもはテントなどを立て終った後、何処かに消えてしまった。女に料理を任せてきえるとかふざけるなって言いたくなってくる。もしかしてりっちゃんそれで怒っているのではないかと心配になってくる。りっちゃんのことだからそんなので怒ることはないと思うけど、りっちゃんが怒っている原因がわからないまま、昼食は出来あがった。いつものりっちゃんの料理に比べて見た目は悪かったけれど、味はいつも通りだ。
 さらに、タイミングがいいのか悪いのか、昼食が出来上がるとほぼ同時に男どもは返って来たのである。
 一体何処に行っていたのか、なんて聞けるわけもなく、おかえりと作り笑いで答えた。

「いただきまーす」
 全員で食卓に着き、食前の挨拶を行った。
 食事が開始しても皆が黙々と食事をするだけだった。はっきりいって空気が重い。こんなのであと1泊か2泊かどっちか忘れたけどできるのか不安になって来た。私から会話をしようにも話題がない。りっちゃんは今でも怒っているようでどうしたらいいのやら。こういうときこそ、兄貴が先頭切って話すべきだと思うけど、兄貴は目をキラキラさせながら食事を食べていて、いつもと様子が違う。そのことに突っ込むべきか悩んでいたら、美輪先輩が言葉を発した。
「おいしいね。ごめんね、手伝わなくて」
「いえ……どうせ、そこの人が原因だってわかっていますから」
 答えたのはりっちゃんで、その視線の先にはもちろん兄貴がいた。りっちゃんが怒っている原因ってもしかしなくてもやっぱり兄貴のようだ。りっちゃんが怒っている理由は、兄貴たちが手伝わなかったことに怒っているに違いない。そんなことで怒る人じゃないんだけど、兄貴が原因であるのには間違いないようだ。
 兄貴はりっちゃんの視線にも動じず、ただひたすらと昼食を食べ続けている。すると、視線に気づいたのか箸を止めた。
「まだ怒ってんのか、いい加減機嫌直せよ。律」
 ……律?
 兄貴がりっちゃんのことを名前で呼んでいる?今まで周りにいた女の子にも名前で呼んでいたけど、りっちゃんが遊びに来た時は常に名字である“長谷川”って呼んでいた記憶があるんだけど、どうなっているの?
「名前で呼ぶのやめてください。彰人先輩」
 りっちゃんも負けずに言い返したけど、何があったのかさっぱりわからない。何もなかったかのように箸を進めているけど、鈍感と常に呼ばれている私でも絶対何か二人の間で合ったってことがわかる。それについて聞いても良いかわからず、私はただ黙って二人の様子を見守っていた。
「別にいいだろう。鈍感な仁美以外は全員知ってしまったんだから」
「彰人先輩が成合さんにまで喋ったことが気にいらないんです」
「高志と聡は良くて、稚香ちゃんだけ駄目なんて矛盾しているよねぇー、稚香ちゃん」
 その会話で気づいた。私だけまた蚊帳の外ですか……?いや、そもそも私は論外なわけ?
「いえ……私は……」
 稚香もいきなり話をふられて返答に困っているみたいで、視線はずらした。
 そんなことより兄貴よ、稚香ちゃんはないだろう……稚香ちゃんは。
「成合さん、いえ、稚香にふるのはやめてください。困っているのがわからないんですか」
「律も敬語やめたら?」
「先輩が望んでも私は尊敬の意味でやめません」
 兄貴相手にりっちゃんも負け時と言っている。私と母さんと美輪先輩以外でこんなことが出来る人がいるとは思わなかった。昔のりっちゃんは兄貴にたじたじだった記憶があるのに、何時の間に成長したんだろう。りっちゃんも怒ると怖いし、最強兄貴VSりっちゃんってどっちが勝つのか私にはわからなかった。
 そもそもどうしてりっちゃんと兄貴の仲がこんなに険悪モードになっている原因を誰か教えてくれ。
 私が聞かないからか、私以外は原因をわかっているからか、そのことについて誰も言おうとはしなかった。

2011/2/21

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