「りっちゃんと兄貴が付き合っている。りっちゃんと兄貴が付き合っている……」 繰り返し告げられた事実を呟いていた。頭の中では衝撃事実をどういう風に受け止めればいいかなんてわからないまま、処理に困っているみたい。 私の様子に兄貴は満足したのか、にんまり笑って続けた。 「簡単に言えば恋人同士の喧嘩なんだよ。つまらないことで喧嘩しているだけだから、仁美は気にする必要ない」 「とか言ってるけど、原因彰人さんにあるのは知ってるんですからね」 「お前も言うようになったな……昔は、俺様の下僕だったのに」 「下僕になった記憶はありませんが」 アイツと兄貴の会話も素直に受け止められる現状ではない。とにかくりっちゃんと兄貴が付き合っているということが本当なのかりっちゃんに確認する必要がある。 そうだ、兄貴はいつも嘘をついている。これも嘘の何かだ。だって、私のりっちゃんが糞兄貴と付き合うなんてことない。絶対ないはずなのに、頭のなかで横に並んでいるりっちゃんと兄貴の姿が何故かお似合いすぎて……頭が本当に回っていない。 「おい、仁美、大丈夫か?」 「……大丈夫です」 私の様子がおかしかったからか、アイツは聞いてきた。普通、兄貴が自分の親友とも呼べる人と付き合っていたらパニック起こすのが普通と思う。まさに今の私はパニック状態。このパニック状態が治まるまではしばらく時間がかかることが容易に想像できる。 「お前が信じられないのはわかるけど、事実だ」 「なんでもっと早く教えてくれなかったのよ!」 「……長谷川がお前に言わないってことは知られたくなかったってことだろう。彰人さんが言わなかったのも仁美に知られたくなかったからだろう」 淡々とした口調にさらにイラつきを覚える。 私が知っちゃ駄目で、コイツや誠人は知っていい理由ってなんなのか。その辺りをはっきりと言ってくれないとわからない。 「どういうことよ、兄貴」 「高志が言ったようにお前には刺激が強すぎるんじゃないかって思ってね」 刺激が強すぎるわけがない。 確かに驚いてはいるが、兄貴とりっちゃんが付き合っているって……前言撤回、刺激が強すぎる。 誰が誰と付き合うのは自由だ。でも、兄とりっちゃんが付き合っているっていう事実を受け入れるのに時間がかかるのは目に見えている。だって信じられない。シスコンでいくらでも女友達がいた兄貴がよりによってなんでりっちゃんと付き合っているのかが。しかも、どっちが告白したのかという疑問まで出てくるけど、これ以上は聞けない。 「べっ、別に刺激なんか強くないわよ!」 意地で強くないとは言ってみたものの、やはり強い。 恋愛関係の免疫が低いのが原因だってわかっているけど、受け入れるのは難しいだろう。 「何朝っぱらから騒いでいるのよ」 呆れた顔をしてりっちゃんがやってきた。 たぶん、りっちゃんは私が兄貴との事実を知ったっていうことはわかっていない。もしかすると、声が大きかったから既に現状を把握しているかもしれない。 「……りっちゃん、本当に兄貴と付き合っているの?」 「え……」 勇気を振り絞って聞いてみた。その瞬間りっちゃんの顔があからさまに驚いているのがわかった。 次の瞬間、りっちゃんは兄貴の胸倉をつかむと暴言を吐き捨てた。 「彰人っ!アンタ喋ったのね!!」 りっちゃんが兄貴のことを名前で呼んだ。その事実に驚く。それに、発言からやっぱり事実だということがわかる。 母さんと私以外に、兄貴にくってかかる人なんていないと思ったのに、りっちゃんも思いっきり兄貴に罵倒を浴びせている。彼女だからかもしれないけど、私が知ってしまったことに怒っているようで、どういうことなのか説明してもらいたい。それに、昨日までの喧嘩の内容も具体的に知りたい。 「良いだろう。減るもんじゃあるまいし。それに、仁美と高志のクリスマスデートの約束させたから、それで満足しろ」 「……それホント?」 りっちゃんは私のほうに視線をやり、確認してきた。兄貴を信頼していないみたいだ。確かに、兄貴は嘘つきだしりっちゃんに苦労をかけることになりそうで申し訳なかった。 「はい。教えてもらうための条件で……」 私がコイツの親衛隊に頼んでぶっ壊してもらおうと思っているのは知らないだろうけど。クリスマスにコイツとデートなんて絶対にしたくない。何が起こってもおかしくない。そもそもコイツにだってクリスマスの用事とかあるに違いないのに、兄貴の勝手な一存で取り付けていいのかと今更ながら思ってしまう。アイツもOKの返事を出してはいたけれど、実際にはどう思っているかなんて分かりはしないしね。 「ふぅん……わかった、当日はダブルデートっていう条件追加するわ」 「はい……?」 「仁美のことだから親衛隊か何処かに頼んで条件呑まないに決まっているもの」 りっちゃんの発言にぎくっと体が反応してしまった。その一瞬の反応をりっちゃんは見逃さずに、兄貴の胸倉をつかんだまま続けた。 「その反応を見るとやっぱりその気満々だったのね。当日は監視役として私と彰人も同行してダブルデートといきましょうよ……」 「りっちゃん、怖いよ……」 こんなりっちゃんを正直初めて見たような気がする。りっちゃんと本当はこんな人だったのって思ってしまう。 兄貴に余裕で胸倉掴んで文句を言ったり、私の考えもお見通しで正直怖い。 「これも全て仁美が原因なんだからね」 「そんなこと言われても……」 もしかしたら周りがさっさとくっつけと言うように、りっちゃんもそう思っているってことだよね。私の気持ちは無視ってことでしょうか。 この状況にアイツは一言も口を挟まない。アイツの考えがわからない。 「とにかく、そういうわけだから潰そうだなんて考えないことね」 「……わかったわよ」 クリスマスまでまだ時間はある。それまでにちょっと不謹慎だけどりっちゃんと兄貴が破局すればダブルデートなんて潰れるに決まっている。もしかすると、他にも潰せる方法がある。とにかく考えろ。クリスマスまで本気で考えて潰さないと、この事実が知れ渡った時、今度こそ本気で殺される可能性がある。 コイツの何処が良いんだかっていつも思ってしまうけど、確かに良い奴だ。好きだとか恋愛感情抜きにしても良い奴だって言える。 でも、付き合うとか好きとかは私には無関係なもので、今は受け入れられない物だから気持ち的に無理だ。 「はい、此処にいる全員が証人ね」 「え……」 気づけば稚香も先輩もいて、全員に聞かれていたことに気づく。私以外は兄貴とりっちゃんが付き合っている事実を知っていたようだから何にも驚かないだろうけど、私の奇声に駆け付けたみたいだった。 「うん、僕もちゃんと聞いたから、当日の証拠写真楽しみにしているね」 美輪先輩はにこやかに言っているけど、なんだかその笑顔が怖い。やっぱり兄貴の友人だと改めて認識した。稚香も稚香で頭の中で妄想を始めているらしく、私はこの状況を受け入れる余地なんてなかった。 2011/3/13 Copyright (c) 2011 Akari Minaduki All rights reserved. |